darling | ナノ


 


 09.



愛してる
言葉が欲しい


だけど本当に欲しいのは貴方の温もりだけ







pulsation.9 愛説






『何や、隠してしもたん?』

「………」



聞こえる声と触れた手は光と別物で、余りの居心地の悪さと恐怖感がアタシの身体を震わす。



『隠したらアカンやろ?財前君に見せたらな』

「ま、松田君は、何がしたいの…?」

『何がしたい?そないな事も分からへんの?』

「、」

『ゆきちゃんが欲しい、それだけや』

「アタシは、光が、」



ギリギリと骨が軋む様な音と共に引っ張られて『財前君はどうやろか?』って耳打ちされれば全身の鳥肌が立っていく。

どうやろか、って…



『財前君には好きな子が居ったんやろ?せやのにゆきちゃんと付き合うとか…』



ええ様に使われてるんとちゃう?

それは“欲求解消の為の道具”でしかないと言われてるのと同じで、アタシの存在意義を打ち砕くには容易な言葉だった。

光がアタシと居るのは手に入らなかったあの人の代わり?忘れる為だけに身体を重ねてる、それだけ…?



「ち、違う…光はそんな事、」



“ゆきしか見えへんらしいわ”

“悪いけど勝手に人の女に近付かんで下さい”

光はアタシを想ってくれてる。身体だけなんて、そんなはずない…



『ほな、もし財前君の好きやった人が“財前君を好きに”なってもこのままで居れるんやろか?』

「え、」

『財前君は“あっち”に行くと思わへん?』



そんな事ない、ある訳ない、否定する言葉は浮かんでくるのに声に出せないのは言い切る自信が無いから。
アタシがあの人を越える事なんて出来るの…?本当は今もアタシを通してあの人を見てるのかもしれない。



『やっぱり自信無いんや?』

「…………」

『せやな、隠し事がある時点でゆきちゃんの裏切りは明白やねんから』

「っ、」



そうだ、仮に光がアタシを好きでも痕を見たら嫌になる可能性だってある。
あの光が笑って許す方が想像つかない…嫌だ、やだやだ、光に嫌われたくない…離れたくない…



『はい、そこまで』

「!」



パンパンと手を叩く音が聞こえてそっち向くと蔵が呆れた様な顔付きで笑ってて、ドン底まで堕落しまいそうだった思考を一時的に止めてくれて。



「くら…」

『ゆき、授業始まるで?教室入り』

「……あ、アタシ…気分悪いから保健室、行く」

『1人で大丈夫なん?一緒に行こか?』

「だ、大丈夫だから」



それでも蔵の顔を真っ直ぐ見るなんて出来なくて、話を聞かれてたらどうしようってそればっかりだった。

走って走って逃げるアタシには蔵が携帯を片手に松田君に笑ってた事なんか知らない。

息が切れるくらい全力で走って、行き着いた屋上でじんわりと視界を歪ませるだけ、それだけ。



「ひかる…」



鳴り響くチャイムが自棄に鈍くて淀んでて

光に逢いたいのに逢えなくて

抱き締めて欲しいのにソレを望めなくて



「ひかる、ひかる、好き…」



振り絞った声を小さく小さく空気に溶け込ます事しか出来ない。



『ゆきの言う保健室て此処なんや』

「、」

『屋上で告白するならもっとでかい声で言えや』



絶対、絶対、届かないと思ってたのに

いつから居たんだろう、ドアにもたれた光は満足そうに笑ってるから。だから、熱くなった瞼を冷やすなんて不可能で。



『阿呆や阿呆やとは思てたけど、ホンマ頭悪い女』

「ひかる…」

『…嫌いや』

「え、」

『他の男の印付けた女なんや要らん』

「…………」



笑ったままの光の眼は本気だった。
やっぱり、アタシは嫌われて捨てられるそんな運命。
いやだよ、ひかる…



「やだ、やだ…要らないとか言わないで…」

『要らんもんは要らん』

「ひか『せやから』、る…?」

『消毒せなアカンわ』

「消、毒?」

『バイ菌は早々に追っ払うんが1番やろ?』

「いたっ…!」



言うなり傍まで来た光は傷テープを剥がして歯を立てる。
ズキッとする痛みで顔が歪むのに、光の吐息が触れて、光の舌が触れて、自然と漏れる声に羞恥が溢れる。



『ククッ、痛いんがええんや?』

「ち、ちが、」



逆の首筋、頬、耳、
場所を変える度に強さを増す噛み跡から“好き”が伝わってくる気がして



『部長から聞いてめっちゃ腹立った』

「ひか…あ、」

『俺に、一番に言わなアカンて分かってへんの?』

「ごめ、なさ、」

『今の俺が誰を見とるかも分かってへんのやろ?』

「ひかる、」

『丁度ギャラリーも居るし、此処で分からせたってもええんやで?』

「、ギャラリー?」

『アンタにはこんな顔させられへんと思いますわ』

『……………』

「松田、くん…?」

『ゆきが好きなら“泣”かすんやなくて“啼”かせてみたらどうスか?俺にしか出来ひんやろうけど』



“何せ込めとるモノがちゃうから”

それは確実に光の愛だった。
アタシだけにくれる究極の愛。

光はアタシを愛してくれてると、彼に視線を投げた。





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