darling | ナノ


 


 08.



口を綴じれば


嘘も本当も真実







pulsation.8 忘却






「不自然、だよね…」



あれからトイレに駆け込んだアタシは右寄りの首筋にくっきりと付いた痕を見て部室に走った。


やだ、やだ、

こんなの見たくない


救急箱を漁って取り出したのはガーゼが付いたテープで、隠す様に貼ってみたけど光だって蔵だって、謙也ですら不自然さに気付かない訳ない。

でも知られたくない。光以外の印があるという現実が何より嫌で、幾ら爪で引っ掻いても消えない痕が光への裏切りを示してた気がした。






『あ、ゆき遅かったやん』

「う、うん」



教室に戻った以上謙也にも蔵にも不自然を見せちゃいけない。普通に、普通に、いつも通りのアタシじゃなきゃ…



『ゆき、首どないしたんや?』

「あ、さっき授業中寝ちゃってて、寝呆けた時に掻きむしったみたい…」

『流石ゆきや』

「…謙ちゃん?」

『や、おお、おっちょこちょいやなぁて心配してんねん!』

「今日はやたら失礼な事言ってくれるじゃない」



謙也のお陰で笑えた。
ちゃんと笑えた、のに、



『血出てるやん、痛ないん?』

「さ、触らないで!!」

『……………』

「あ…ご、ごめん、痛いから…」



やっぱり勘の良い蔵には誤魔化せる気がしなかった。
手を振り払った時の蔵の顔は驚いたと言うより納得した、そんな表情だったから。



その後の授業は当然ながら頭に入って来なくて「どうしよう」「ばれた?」「光に話される?」その心配ばっかりで。
もし光がコレを見たら何て言うんだろうって。アタシの事軽蔑して嫌いになるんじゃないかって、光の嫌悪感に溢れた顔が浮かぶだけ。



『ゆき、』

「くら、アタシ、トイレ行って来る!」



授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた途端、確信付けしようとする蔵が居て。

お願い、
何も言わないで
何も聞かないで

そう込めて教室を出た。



『何処行くんや?』

「、」

『次は教室移動ちゃうやろ』



廊下で触れられたのは愛しい手



「ひかる…」

『化け物見たみたいな顔、めっちゃ不細工やで』

「……ぶ、不細工って、」

『鏡見たらどうや?』



ひかる
いつもと同じ光
生意気に口角を上げる、変わらない光

それだけで幸せで、それだけで満たされる



「酷いよ、ひかる…」

『生憎嘘は付けへんししゃーないわ。それよりココ、何?』



人差し指でテープの上をトントン、と叩いて“気に入らない”顔を向けてくる。



「ひ、ひっかいただけ」

『……………』



どうか、どうか、
気付かないで?
それ以上深く考えないで?

怪訝に眉を寄せる光に心臓は尋常じゃなくドキドキ収縮運動を繰り返す。



「ひか、っ痛!」

『阿呆』

「な、何ででこぴん!?」

『ドジ、ボケ、阿呆』

「ひひひどい…!」

『コレにでも張り替えとけ阿呆ゆき』

「え、」



背中を向けて『俺は移動教室やねん』と足を進める光が渡してきたのはキテ○ちゃんの絆創膏。

これ、アタシが光に昔あげたやつ…?

付き合う前に、まだ光があの人を好きだった頃にあげた絆創膏…


“擦り剥いてるよ、痛そう”

“別に痛ないわ”

“あの人に飛んできたボール、庇ったんだって?”

“うっさい”

“痛そうだからあげる”

“趣味悪…”

“可愛いじゃんキテ○ちゃん”

“そんなもん要らんわ”


要らないって言ってたのに今まで持ってくれてたの?
あの人が好きだったのにアタシの絆創膏持ってくれてたの?



「…ひかる……」



勝手に緩む顔中の筋肉が心地好くて、見えなくなるまで光の背中をずっと眺めて居たかった。

だけど、それを許してくれないのは再び掴まれた腕のせい。



『何や、隠してしもたん?』

「………」



光とは違う体温に全身の血液が逆流していくくらい危険信号を鳴らせた。





prevnext



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -