08.
夕暮れと夜空の境にある紫は
オレンジにも黒にもなれないはみ出した色
monochrome mood
mood.8 violet
(今日だけじゃなくて、明日も明後日もずっと一緒に居るよ)
ちょっとだけ、
少しだけ甘えたくなった
『ひかる、泣く…?』
「何で俺が泣かなアカンのです?」
『だって辛そうだもん』
「…辛い訳無いやろ」
暖かい腕は春風に包まれたみたいな感覚で、小さい身体しとるくせに大きい情愛で、
それが一番の恋愛感情やなくとも最上級の居心地の良さがあった。
離れた途端グイグイ、引っ張られる手は5本共絡められてて、昨日と同じ場所、同じ部屋、同じベッドの上で名前先輩は口唇を重ねてくる。
『じゃあ、痛い?』
「痛い」
『だから手当てしよって言ったのに…』
「先輩が舐めてくれたら十分や」
『…何かやらしい』
「唾液は殺菌効果あるやろ?」
『そう、だけど』
「ほな宜しく」
『ひか、んっ、』
逃さへんと首に腕を回して、先輩の舌を上手く誘導すれば口内の傷に触れた。
痛いよりは擽ったい感触で重なったままの口から息が漏れる。
『、笑ってるの?』
「何でも無いスわ」
『へ、下手くそとか言いたいんでしょ…』
「ちゃうって」
『嘘ばっかり』
「嘘やない」
何を境界線として上手いとか下手とか決めたらええかなんや分からんけど、相手が名前先輩なら触れ合えるだけで善い。
名前先輩を感じることが出来たらそれだけで。
『光、』
「…何や、そんな顔して」
『言わなくても分かってるくせに』
「分からへんなぁ」
『嘘吐きの意地悪』
こんな場所に来たら分かっとるやろ、そう言いたそうに視線を下に向けて拗ねる頬っぺたにキスひとつ。
名前先輩、俺もその身体を抱きたくて仕方ないんやで?
せやけど…
「後悔、せえへん?」
『え?』
「俺と寝て、後悔せえへんの?」
『どういう意味?』
眉を下げて憂愁に俺を見てくる瞼にもう一度キスをして。
「昨日、俺等は何も無かったとして」
『ひか、る…?』
「俺言うたやろ?」
『何を?』
「“裏を返せばユウジ先輩は名前先輩が好き”やって」
『……………』
「俺には“彼女”が居る」
ユラユラ揺らす茶色掛かった瞳を見て、最後に、額にキス。
「今日ユウジ先輩が怒ってたんは、名前先輩が好きやからや」
ユウジ先輩にとって名前先輩が
大事で
特別で
嫉妬して
護ってあげたい
せやからユウジ先輩は俺を殴って、“好き”を証明したんや。
不器用でいっつも遠回しにしか気持ちを伝えられへんのに真っ直ぐで一途で。
『ユウ君、が?』
「それでも俺に抱かれたいんです?」
『……………』
今日甘えたくなったのは“最後”にしようと思ったから。
思惑通りユウジ先輩も焦ってあんな顔させる事が出来たし、殴られたのは癪やけど俺やってそれなりに善い思いをしたんやからプラマイ0や。
「先輩、昨日のカウントはリセットで0」
『、』
「俺と名前先輩は“ケーキバイキング”に行ったんですわ」
『ひかる……』
「名前先輩が食い過ぎて腹壊した、それだけ」
せやからそんな馬鹿みたいに口唇噛まんで下さい。
嘘やって口にせえへんかったら真実になるんやから。そもそも俺が先輩を唆したんが間違いやったんですわ。先輩が気にする必要は何も無い。
「そういう事で」
『ひ、ひかるっ!何処、行くの…?』
「…“彼女”に会いに」
『……………』
「先輩もユウジ先輩んとこ行ったらええですわ」
(今日だけじゃなくて、明日も明後日もずっと一緒に居るよ)
真似した台詞でも俺には十分幸せでした。
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