07.
小指の糸が見えたらいいのに
形があれば壊れることも無いのに
monochrome mood
mood.7 orange
言葉では言い表わせない様な鈍くてそれでも鋭い音と同時に、目の前で人が吹き飛ぶみたいに倒れる姿を初めて見た。
「ひ、ひかるっ!!」
『……痛、』
「大丈夫、光!?ユウ君、いきなり何するの!」
素手で人を殴るっていうことにそれなりの代償があることくらい分かってる。
騒々と眼を丸くする皆の前で、ユウ君は赤くなった右手をプラプラさせながら顔を歪めてた。
『…別に、財前見てたら腹立っただけや』
「は、腹立ったって…光は何もしてないのに…」
『うっさい!お前には関係無いんや、すっこんどけ!』
「ユウ君…」
ユウ君が理由も無く人を殴るなんて考えられない。
だけど今の会話の何処がいけなかったの?ユウ君は何でそんなに怒ってるの…?
『名前先輩、もうええスわ』
「ひかる、」
『ユウジ先輩も殴り返そうなんや思ってへんから安心して下さい』
『なんやて?どういう意味や』
「ちょっと2人共!」
『財前もユウジも止めや』
「蔵…」
何があったんや?とか、
あの2人仲悪かったん?とか、
そんな声も含めて場を静めるのはやっぱり蔵で。
ラケットを肩に乗せながら眉を寄せる蔵は多分怒ってるんだと思う。
『ユウジ。今、何の時間か分かってへんのか』
『…………』
『財前も、更にユウジ煽る様な言い方したらアカン』
『…すんませーん』
ハァ、と蔵が厭味を込めた溜息をすると光はラケットを片手に部室へと歩いて行く。
「ひ、光、何処行くの?」
『帰る』
「え、」
『部長ー、顔が痛いんで帰りますわ』
『…分かった、明日からはちゃんと顔出すんやで?』
『分かってますて』
「ちょっと蔵!いいの、引き止めなくて――」
頷くだけで引き止め様ともしない蔵を見上げると小さく笑ってて、
(ユウジは俺が何とかするから、名前は財前に着いてやって)
アタシですら理解出来ないのに事の全てを把握した顔で耳打ちする蔵に、尊敬と疑問符が瞬間的に巡る。
蔵は凄いなって、蔵は何で分かるのって…それが分からないからこそアタシはユウ君に受け入れて貰えないのかもしれないって…
『名前?』
「あ、うん、行って来る」
でも今はそんな事を悩んでる場合じゃなくて、光の怪我を手当てして理不尽なわだかまりを解いてあげなくちゃって…
「光、待って!」
『何しに来たん?』
「手当てとか、しなきゃ…」
ジャージから着替える訳でもなく既に自分の荷物を持ってテニスコートを出て行った光を追い掛けて、夕陽のオレンジを背負って振り返る寂しそうな眼に吸い込まれてしまいそうな気がした。
やだ、そんな顔しないで…?いつも光はもっと生意気で綽然としてるじゃん…
『手当てって、顔?それとも心臓?』
「……………」
『名前先輩はユウジ先輩の傍に居った方がええんちゃう?』
オレンジが眩しくて、眩しすぎて光の顔に黒い影を作っていく。
見えないのは夕陽のせいなのか、アタシの眼から零れ落ちるモノのせいなのか、それすら分からない。
『何で先輩が泣くんや』
「だ、って……光も、アタシが要らないって事、でしょ…」
“お前には関係無いやろ、すっこんどけ”
“ユウジ先輩の傍に居った方がええんちゃう?”
アタシは何処に居たって蚊帳の外で、ユウ君にも光にも無力さを教えられる。ユウ君が怒る理由が知りたくて、光が傷付いた顔をする理由が知りたくて…
『誰もそんな事言うてへんやろ』
「でも……」
『ほな、慰めてくれるん?』
「、」
『今日は先輩が、俺と一緒に居って』
「ひか、――――」
触れ合う口唇からは苦い苦い鉄の味がした。
支えられたいけど、支えてあげたいと思うのも愛なのかなって…アタシは光を抱き締めた。
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