05.
戻れない季節を感じて
僕は君に何をしてあげられるだろう
monochrome mood
mood.5 blue
『しし白石っ!白石ぃぃ!!』
「何や朝から…朝練に遅刻せえへんかったからって褒めたりせんで謙也?」
『別に褒めて欲しい訳ちゃうわ!』
血相変えて勢い良く部室に飛び込んで来た謙也に呆れた視線を向けて、飲みかけのコーヒーに口を付けると『コーヒー飲んでる場合ちゃうねん阿呆』なんや言うてくるから大袈裟に溜息ひとつ。
「阿呆、て…誰に言うとんや?」
『し、白石、そんな細かい事はええから!ニュースやニュース!一大事や!』
「ニュース?どうせ大した話ちゃうんやろ」
『大した事あるから俺かてビックリしてんねん!ちょお、耳貸して』
男と小声で内緒話なんや気が引ける、そうは思たけどその謙也の配慮は正しかった。
(昨日名前と財前が、ほ、ほ、ほほホテルに入ってったんや…!)
「……ホンマに?」
(ほ、ホンマや!この眼でバッチリ見たんやから!)
「……………」
『、白石?』
「謙也、ユウジには…皆には言うたらアカンで」
『ああ、それはええけど…財前には彼女居るんちゃうかった?』
「………」
財前の彼女、
せや、アイツには彼女が……
「…っちゅうか謙也は何でそんな所居ったんや?まさか、」
『ちゃちゃちゃちゃちゃうわ!!俺がそんなひ、卑猥な事…!俺はただ本屋とショップに行ってただけで、』
「せやな謙也には無理やな」
『な、何やその言い方納得出来ひん…!』
「はいはい、分かった分かった」
謙也はこんなやし、ユウジに言う事は無いやろう。万が一耳にしたとしても動かへんかったっちゅう自業自得でもある。
せやけど財前。
財前はまた嘘吐く気なんか?
「財前、」
『何スかー』
「ちょっとええ?」
『…説教は嫌ですわ』
「説教やなくて小言や」
『似た様なもんやけど』
あの後暫くして財前や他の奴がやって来て朝練開始。
合間を見て俺は財前の横に座った。向こうに居るユウジと名前を横目に。
「どうするつもりや?」
『…もう知っとるんです?』
「謙也が見たらしいで」
『は、タイミング悪いわあの人』
ボールを空中に投げてラケットでバウンドさせながら薄ら笑う財前は“満足”そうな顔で。
「財前はもう止めたと思てたんやけど」
『せや、止めましたわ』
「ほな何で今更、」
『ユウジ先輩が焦ったらええか思て』
「…………」
『名前先輩やって代わりが欲しいだけや』
「せやけどもし、名前が財前を『部長』」
『俺には“彼女”が居るんやで?』
大きくバウンドしたボールをラケットやなく手で受け止めて、俺を映す財前の眼は偽りの無い真っ直ぐとしたものやった。
「それでホンマにええんか?」
『…部長て、ホンマ厭な男やわ』
「…………」
『俺が選んだ道ですわ。ええも悪いも何も無い』
言うた財前はテニスコートへ紛れたけど…
「…不器用もええとこやで」
財前は名前が好きやった。
ユウジが名前を好きになるよりも、名前がユウジを好きになるよりももっと前から。
せやけど止めたのは…自分が先に好きになったのに振り向かす事が出来ひんかったっちゅうプライドと、名前の為。好き合ってる2人を引き離すなんやしたくないからって。
せやのに今更、ホンマに今更名前に手を出したのは何でなん?
“ユウジの為”やなくて“自分の為”ちゃうんか?ホンマはまだ、忘れて無いんやろ…?
“彼女”の影に隠れた財前を哀れむより背中を押してやりたいと思ったのに、ユウジを見ると出来ひんかった。ユウジの視線の先に居る名前は財前を映してたから。
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