08.
頭で考える余裕なんてない
気が付けば貴方が欲しくて手を伸ばしてた
fiction.8 ask for
『名前先輩…今日、行かんで…』
光の腕の中で確かにそう聞こえた。
だけどそれをアタシはどう受け取ったらいいのか分からなくて。
「え?」
『オサムちゃんとなんか一緒に居らんで…』
「…………」
どうして、そんな事言うの?
アタシが何しようと光には関係無いじゃない。意味も無くアタシを振り回すのは止めてよ…
アタシの中で光に対して嫌悪感が生まれた瞬間、
『こーら。お前等何サボってんねん。部活始まってんで』
『部長…』
蔵が呆れた様な顔でアタシ達を見てた。
蔵の声が聞こえた瞬間、光の腕の力が緩まって。
「ご、ごめん蔵!今行くとこだったんだ!」
逃げるタイミングは今しかないと踏んだアタシは走ってその場を後にした。
皆が居るテニスコートの中心までは数メートルしかないのに凄く長い道程に感じて、その間ずっとアタシは光に苛立ちが渦巻いてた。
『名前』
「!」
『凄い顔してるで?その顔はお世辞にもべっぴんやって言うてやれんなぁ』
「オサムちゃ…ん」
走るアタシを引き止めるみたいに声を掛けてきたオサムちゃんは自分の眉間をトントンと指差して笑ってた。
ソレを見たアタシは苛々が治まっていく様な感覚で冷静になれて、こっちまで笑っちゃったんだ。
「なによ、不細工だって言いたいわけー?」
『そないな事言うてへんやん』
「言ってんのと変わんないよオサムちゃんの馬鹿!」
『せやから言うてへんて。可愛いって思てるでー?』
オサムちゃんから紡がれる言葉はいつも暖かくて、甘えたくなる。
(世界で1番可愛い?)
アタシがオサムちゃんの耳元で問うと、オサムちゃんはニッコリして『阿呆』って言った。
やっぱりオサムちゃんと居ると楽しくって落ち着ける。嫌な事も忘れられる。
光の吐息が触れた事なんてもう忘れるんだ。もう、惑わされない。
□
「んー…絶頂!」
『その台詞は止めてくれへんか』
「何で何で?いーじゃん別に!」
『思い出したくもない男ん事思い出すやん』
「アハハ!そんな言い方したら蔵が可哀想だよ!」
部活が終わってアタシにとっての放課後、約束通りオサムちゃんとカフェに行ったけど満席で。仕方なくケーキとコーヒーをお持ち帰りにしてオサムちゃんの車の中で食べることにした。
評判なだけあってケーキは絶品で正に絶頂とは叫ばずにいられなかった。
『白石ん事はともかく、お前が言うとやらしいねん』
「えー何それ!アタシにも色気があるってこと?嬉しい!」
『喜ぶな。オサムちゃんは欲求不満やねんから煽ったらアカンでー』
「プッ!!欲求不満とかウケるー!そんな事言ってからかわないでよー」
何個も歳が離れたガキなんて興味無いくせに。
素直な感想なのに自分で思って少しショック受けちゃった。オサムちゃんが今みたくアタシを相手にしてくれるのはマネージャーだから、生徒だから。
って、何考えてるんだろ。これじゃあアタシはオサムちゃんが好きみたいじゃない!
『名前、』
「え?」
『生クリーム付いてる』
「―――――…」
自問自答して軽いパニックを起こしてる中、唇の真横に触れたのはオサムちゃんの舌。
『欲求不満や言うたやろ?』
クククッ、と意地悪そうに笑うオサムちゃんに、頭は真っ白になって見惚れてた。
だけど、
「オサムちゃん…」
『、』
「アタシも、欲求不満かも……」
『……………』
オサムちゃんの服を掴むアタシは完璧にオサムちゃんを求めてた。
これだけじゃ足りない、もっとアタシも求めて欲しい。
『どうなっても知らへんで…』
そして、アタシの座る助手席のシートは小さな音を立てて倒された。
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