07.
好きだと想う度に君が遠くなっていく気がした
近付きたいのに近付けない
fiction.7 distance
どうしてもっと早く気付かへんかったんやろうか。
あの人を見る度に全身の血液はこない熱くなってたのに。
『光、柔軟終わった?』
「…まだ」
練習を始める前に行う柔軟。今ジャージに着替えたばっかりの俺はまだやってるはずもなくて。
『早くやらないと蔵に怒られるよ』
「名前先輩、背中押してくれへん?」
『うん、いいよ』
いつもなら各自1人でやったり、ペア組んだとしてもマネージャーの名前先輩に頼むことなんやないけど。
“幸せになれへんで”
オサムちゃんの言葉に触発されたんや。
今のままの俺やアカンから、せやから先輩をもっとちゃんと見ようって。独り善がりな恋愛なんか終いにするから。
『あれー、光身体柔らかくなった!?』
「鍛えるだけちゃうねん。ちゃんと前屈も毎日やってるんやから」
『凄い進歩じゃん!』
足を伸ばして座って前屈をすると、前まで全然届かへんかった爪先に手が届うようになってん。
それはともかく、背中から感じる先輩の体温が愛しかった。
今までは先輩の方から近付いてくれてたのに勿体ないことしてたって改めて思た。
『光にしては上出来だね!頑張った頑張った!』
「…………」
警戒されてるんかなって思た掃除時間やったのに、打って変わって名前先輩は笑いながら俺の頭を撫でてくる。
弟とか、そんな感じでガキ扱いされてるかもしれへんけど…それでもめっちゃ嬉しいねん。先輩が俺に触れてくれること。
『今度ご褒美にジュース買ってあげよう!』
「安っ」
『文句言わないー!』
いつまでたっても俺の頭から手を離さへん先輩に、触れたくなった。もっと近くで、もっと全身で名前先輩を感じたくて。
そう思たら考えるより先に身体が動いてて、先輩の腕を引っ張って自分の方へ引き寄せてたんや。
『え、ひか、』
「……………」
俺の腕に収まる先輩は思ってたより全然小さかった。
普段は悪く言うたらチャラチャラおちゃらけばっかやのに、今は大人しくて心臓の音さえ聞こえてきて、暖かいっちゅうより熱い体温で…こなあな時にそういう態度って反則や。
「名前先輩…今日、行かんで…」
『え?』
「オサムちゃんとなんか一緒に居らんで…」
『…………』
抱き締めた腕を少し緩めて名前先輩の顔を見ると、眉をしかめて信じられへんような顔してた。
しまった、そう後悔した瞬間、
『こーら。お前等何サボってんねん。部活始まってんで』
「部長…」
『ご、ごめん蔵!今行くとこだったんだ!』
タイミング良く現れた部長。
腕を組んで仁王立ちする部長を見てそそくさと逃げていく先輩。
「部長すんません…助かったわ」
『…ホンマややこしいなお前等は』
ふぅ、と溜息吐く部長は分かってて声を掛けてきたんやと思う。
俺もあないな事言うつもりなんか無かったし、あの後どうしたらええか分からへんかったから部長には感謝した。
「ややこしい、か…」
『お前もオサムちゃんも、周りくどいねん』
「…やっぱりオサムちゃんも名前の事、」
『気付いてへんかったん?オサムちゃんの顔見てたら分かるやろ』
「……………」
確信は無かったけど、気付いてて気付かへんフリしてたんやと思う。
掃除時間に話した時やってハッキリ好きやって言うてへんかったし、都合が悪い事なんか考えたくない。せやから、知らんフリしてたからこそオサムちゃんに盗るなって言えたんや。
遠くで名前先輩がオサムちゃんを呼ぶ声が聞こえてそっちを見ると、オサムちゃんは先輩を女として見てる顔やった。
ああ…やけにオサムちゃんが眼につくと思たんはこういう事やったんか。
オサムちゃんは先輩をちゃんと女扱いしてる。せやから名前先輩が可愛く見えたんや。
これが俺とあの人と君の距離の違い。
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