Remembered breath | ナノ


 


 02.



私は貴方との永遠を信じたかった

嘘でもいいからイエスと言ってほしかったんだ





2.Sigh that touches






「オサムちゃん、」

『うん?』

「アタシ、告白しようと思って」



テニス部員皆の練習をスコアに写しながらアタシは言った。
隣に座るオサムちゃんは相変わらず煙草を吸ってて、白い息を空気中に撒くと、



『頑張ってこい』



そう言ってアタシの頭に手を置いてくれた。



放課後部活中、マネージャーのアタシはオサムちゃんの横に居る事が多くて、誰よりも話しやすい存在だった。

アタシが光の事好きで、いつも話を聞いてくれたのもオサムちゃんで。
笑ったり文句言う事無く頷いてくれたのがアタシの支えだったんだ。



「上手くいくかは分かんないけど体当たりしてみる」

『ええんちゃう?善い報告待ってるわ』



アタシの頭の上に置いた手をワシャワシャさせて髪の毛がぐちゃぐちゃになる。
だけど全然嫌じゃなくて、背中を押されてる気分だった。

そんなオサムちゃんの耳に近付いて、



(オサムちゃんパパみたい)



つまり親父臭い、そう言ってやった。
するとオサムちゃんは横目でアタシを見ながら煙草を吸って、プハー、とアタシ目がけて白い息を吐く。



「うわ!臭っ!止めてよ!」

『名前がくだらん事言うからや』

「冗談でしょーが!」

『俺には冗談に聞こえへんねん』

「えー、年齢気にしてんの?ウケるー!」

『うるさいわ阿呆ー』



捻くれてるみたいなアタシだけど、それはただの照れ隠しで。オサムちゃんも分かってくれてるからこそアタシの冗談に乗ってくれる。
だから、オサムちゃんの隣は居心地良くてオサムちゃんが好きだった。でも、



『名前先輩、タオル』

「はいどうぞ。頑張ってるじゃん光」

『負かしたい人が居てるんやからまだまたやわ』

「その調子だよー!頑張れ少年!青春だよ少年!」

『その応援何か腹立つわ』



でも、それ以上に光が好きだった。

冗談めいて応援してあげた後、アタシは光に耳打ちした。



(頑張る光は格好良いよ)

『………』

「嘘だけど」

『……勝手に言うときや、ついていけへんわ』

「うわ、冷たいな光!」

『どっちがやねん』



こんな何気ないやり取りがアタシは好きで楽しくて、毎日部活の時間が楽しみで仕方なかったの。





『先輩ー、帰るでー』

「準備オッケーです!蔵は?」

『部長はオサムちゃんと話しに行…あ、来たわ』

『堪忍!名前、財前、帰るで!』



家の方向が同じなアタシ達3人はいつも一緒に帰る事が決まりで。
告白を決めた今日もそれは変わらなかった。

でも、今から無駄にドキドキして緊張してるのはアタシ。
蔵が今日の練習についてあれこれ言ってるけど何も耳に入ってこない。
どうしよう、何て言おう、頭の中はそればっかりで。



『ほな、また明日な』

『お疲れっス』

「バイバイ蔵ー!」



そしてそんな事考えてる間に蔵と別れて、遂に光と2人きり。

さっきよりドキドキバクバク言ってる心臓の音が自分に聞こえて来る。

頑張れアタシ!
言うんだアタシ!
当たって砕けろ!


……よし。
何回か深呼吸をして覚悟を決めた。



「ひ、光!」

『何やってんねん、早よ来んと置いて行くで』

「話、あるんだけど!」



立ち止まるアタシの数歩前で振り向いた光は、月明かりに照らされて格好良かった。



『話?』

「あ、あのね……」



ドキドキドキドキ言う心臓が煩くて、頭が痛くなりそうな感覚。
でも言うって決めたからには頑張らないと女が廃る……!!

歯をきゅっと噛み締めた後、



「光が、好き…」



そう告げた。
その瞬間、光は顔をしかめて俯いてしまった。

ああ、フラれちゃうんだ…

光の表情だけで結果は見えた。




『俺、先輩の事…そんな風に見れへん……』



案の定断られちゃって。
罰が悪そうにする光に、これ以上迷惑かけたくなかった。
だからアタシは笑った。



「ごめんね変な事言って!明日からもマネージャーとして宜しく!」

『先輩、』

「今日はここまでいいや、送ってくれて有難う!」



逃げる様にその場を後にしたアタシを、さすがに光も追っては来なかった。

走って走って走って、家の近くの路地裏に入って誰も居ない事を確認して、その場にしゃがみ込む。



「……ちゃんと、笑えたかな…」



本当は、少しだけ期待してた。
マネージャーじゃなくて女の子として見てくれてるかもって。

でもそれは勘違いで……
光に“永遠”を拒絶された時から分かってた事だったのかもしれない。



「フラれ、たんだ…」



その瞬間、堪えてたモノがボロボロ溢れてきて止まらなくて。

現実を受け入れるのが嫌で。

光に拒絶された顔が辛くて。



「…うっ、…ひか、る…」



声を押し殺して泣いた。
だけど1人でこの気持ちを抱えるにはしんどくて、アタシは携帯を取り出して発信ボタンを押す。



《もしもし?》



電話の向こうから聞こえる声が酷く安心出来たのは言うまでも無い。



「オサム、ちゃん…?」

《うん》

「アタシね、…アタシ…」

《名前、飯食いに行こか》

「え?」

《行くやろ?》

「………うん」



こういう時に甘えさせてくれるオサムちゃんは大人だなって。
嬉しかった。

誰かに寄りかかりたかったアタシは、迷わずオサムちゃんを選んだんだ。





  □





「…………」

『早よ食べんと伸びるで』

「…ご飯食べに行くって言ったくせに」

『インスタントラーメンやって立派な飯や』

「違うもん!オサムちゃん家で食べるのはご飯食べに行くって言わない!」

『野菜入れたったのに贅沢やなぁ…』



あの後すぐに迎えに来てくれたオサムちゃんは、お洒落なご飯屋さんに連れてってくれるわけでも無く自宅でラーメンだった。
オサムちゃんらしいったらオサムちゃんらしいけど……



「パスタとか食べたかった」

『同じ麺類やで』

「違う違う!」

『夏は流しソーメン!冬はラーメン!決まってねん』

「だから親父臭いんだよ…」

『何か言うたかなー名前ちゃん』

「何でもないです…」



文句ばっかりなアタシだけど、落ち着くまで何も聞いて来ないオサムちゃんに感謝してた。

オサムちゃんが作ってくれたラーメンを一口食べると、ただのインスタントラーメンなのに凄く美味しくて……

止まってた涙がまた溢れる。



『………』

「オサ、ムちゃん……アタシ、光にフラれちゃったよ……」

『うん…』

「つらい、よ…」

『うん…』

「光の事、諦め、なきゃ…アタシの、好きな光を、居なくさせ…っ、」



お箸を置いてアタシの話を聞いてくれるオサムちゃんがどんどん滲んでいく。

アタシが好きな光を消して、マネージャーとして好きな光を作らなきゃいけない。
自分で言ってる言葉なのにそれが耐えられないくらい哀しかった。

そんなアタシに、頷くだけだったオサムちゃんが口を開く。



『名前』

「、」

『…無理に忘れる必要ないねん。お前はお前や』

「………」

『そら…今財前は居らへんし、アイツに甘える事は出来ひんけど…俺は今、名前の真ん前に居るやろ?』

「オサムちゃん…」

『甘えれる奴利用して、溜め込んでるもん全部吐き出したらええねん。吐き出して吐き出しまくったら、明日からまた笑えばええ』

「…オサ、ム…ちゃ………」



この言葉が感銘すぎて、アタシはオサムちゃんの胸で赤ん坊みたいにワンワン泣いた。

さっきみたいに声を押し殺す余裕は無くて、馬鹿みたいにただ泣いてた。

そして『よお頑張ったな、名前』って優しい吐息が耳に触れた事、アタシはきっと忘れない。





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