Remembered breath | ナノ


 


 01.



知らず知らず感じてた

君の呼吸と吐息が僕を締め付けたまま離してくれないんだ





Remembered breath
1.Contradicted answer





『光が、好き…』



それは何時もと何ら変わりない日やった。
普通に学校行って授業受けて部活して。家が近いマネージャーを俺が送ってやる事やって今じゃ当たり前になってた。

その帰り道、途中まで一緒やった白石部長と別れた後、あの人は立ち止まって俺を呼んだ。



“光が、好き”



ホンマに突然やった。
ホンマに耳を疑った。

2年である名前先輩が1年の俺を好きやなんて思わへんかったし、何より今年の夏の大会で立海にストレートで負けてしもた事が悔しかった俺は、恋愛なんやするつもりは更々無かった。

せやから……



「俺、先輩の事…そんな風に見れへん……」



素直な気持ちを告げた。
申し訳ない、とは思たけど嘘吐いて付き合いたいなんか名前先輩も望んでないやろうし。

すると先輩は“ごめんね変な事言って!明日からもマネージャーとして宜しく!”そう笑顔で言うた。
その笑顔がいつもと変わらへんかったから安心したのを今でも覚えてる。いつもと変わらへん、ニコニコ笑た先輩やったから。





名前先輩、あの人は冗談を言うのが好きな人やった。
テニスコートでは掛け声があったり、ボールを打つインパクト音が響いたり、他の部活生の声が騒がしくて大声で喋らな聞こえへん事が多くて。せやからあの人は耳元で喋る事が癖になってた。

わざわざ俺を呼んで“光のバーカ”って言うたり“光格好良いよ”ってゲラゲラ笑てる、そんな日常で。

ハァ?って思たりもしたけど、憎めへん存在で話してる時は楽しかった。好きか嫌いか言うたら好きな部類に入ると思う。
それでも、俺はテニスしか頭に無かってん。



せやけど、そんな先輩が真面目な顔して話してた事が一度だけあった。



『光はさ、“永遠”て在ると思う?』

「、永遠?」

『うん。友情でもテニスでも何でもいい。この時がずっと続けばいいなって思う事ない?』



何を突発的な……
何言うてんねん、そう言いたかったけど冗談やない顔で俺の眼を見てたから俺もそれに応えた。



「俺は永遠なんか要らん」

『、どうして?』

「仮に先輩が言う友情で考えたとしても、この先環境が変わるのは必然やしずっと続くとは思えへん。それにテニスやって今のままはアカン。俺は上を目指したい、せやから今より未来が欲しい」

『…………』

「名前先輩はちゃうん?」

『……アタシは、今のまま皆と居れたらいいのにって思ってたけど…光の言う通りかもしれないね』



俺から視線を外してそう言うてた。

“今のままがいい”
その時の俺には理解出来ひんかった。
部長を初め先輩等の背中に追い付いて追い抜く事が俺の目標やったから、今のままがいいやなんて、そんなん弱者の考え方やって。そう思ってた。

でも、この時の先輩の顔は、笑てたのに泣いてる様に見えたんや。


この2つの顔は、忘れる事なく俺の脳裏に焼き付いてる。





  □





『あと3周だよ!ペース落とさず走って走ってー!』



次の日も、その次の日も、名前先輩の告白から1ヶ月経った今でも、俺と先輩の関係は変わらず部員とマネージャーをやってた。

避けられるんは気まずいな、って心配してたけどそんな雰囲気は全然無くて、ホンマに普段通りで拍子抜けしてしもたくらい。

今思えば夢やったんちゃうんか?
ランニング中にそんな事を考えてると、



『光ペース落ちてるー!後10周増やすよ!』

「うわ、勘弁してや」

『嫌ならとっとと走る!』

「鬼やな」

『アハハ!鬼で結構ですー!』



そんな会話するくらい。
せやから、それだけ普通やと思てた。



『あ、そうだ!オサムちゃんオサムちゃん!』

『なんや?』



ランニングが終わって皆が休憩してると、名前先輩はオサムちゃんに声を掛けた。手を添えて耳打ちで。



『――――』

『…ハァ?誰が臭いって?』

『アハハ!オサムちゃんが親父臭いー!超匂うー!』

『名前、もう一辺言うてみぃコラ』

『しゃーないやんオサムちゃん、オサムちゃんが親父なんはホンマの事やし』

『ホンマ匂うわー!勘弁してやオサムちゃん!』

『白石、謙也、お前等休憩終わったらシゴいたるからな』



やっぱり冗談言うたみたいで、先輩等皆名前先輩の冗談に乗っかる。
俺もそんな雰囲気に一緒に笑てた。

ただ……
何か分からへん違和感を感じたけど。





そして、この日の部活中に部長と打ち合いをした俺は無性に興奮してて、部活が終わった今も暫くラケットを放す気分になれへんかった。



『あ、光、』

「先輩、今日もう少し練習したいねんから送れへんわ」



今も変わらず名前先輩を家まで送ってた俺は、先輩に堪忍、と謝った。

俺が居てへんでも部長が途中まで居るし、あの人やってそない遠いとこに住んどるわけちゃうから今日1日くらい平気やろ。
そう思てると、



『じゃあちょうど良かった!』

「え?ちょうど良かった?」

『今日オサムちゃんがご飯奢ってくれるんだって!だからアタシも一緒に帰れないって言おうと思ってたの』

「そ、うなんや…」



名前先輩はニッコリ笑てオサムちゃんの方へ走って行った。

光は頑張ってね

そう言い残して。
阿呆みたいに仲良しクラブな俺等はオサムちゃんや部長や先輩や、飯食いに行く事なんか日常茶飯事やったけど……


なんやモヤモヤした。



「先輩、」



“明日はちゃんと送りますから”
そう言いたかったのに。



『ねぇねぇオサムちゃん』

『ん?』

『―――――』

『…また阿呆な事言うて。そないな事言うてたら名前の奢りにするで』

『やだやだ!それは無理ー!』

『ほな言う事あるやろ?』

『ごめんなさいー』

『しゃーないから許したるわ』



内緒話するようにオサムちゃんの耳元で話す先輩
それに反応して怒るオサムちゃん
オサムちゃんの腕を組んで謝る先輩
笑いながら先輩の頭を撫でるオサムちゃん


そんなやり取りを見たら、言葉なんか出て来おへんかった。
言葉を失ってしもた息だけが、虚しく二酸化炭素として空気中に出て行く。



「なんやねん、アレ……」



名前先輩がオサムちゃんと仲良かったのは前からやったのに。オサムちゃんに限らず皆と仲良かったのに。
せやのに無駄に仲良く見えてしまう姿にめっちゃムカついた。
同時に、めっちゃショックやった……


あの位置は俺やったはずやねん。
毎日先輩を送って、毎日笑て、毎日冗談言うてたんは俺……



「、そうや……」



やっと、違和感が分かった。
部活中に感じたアレは、名前先輩の冗談や……

告白以来、先輩は俺に冗談言うてない。耳打ちせえへんなったんや……



「…先輩は、」



もう俺には前みたいに笑てくれへんの……?



“光は永遠って在ると思う?”

もしかすると、ホンマは俺が誰より信じてたんかもしれへん。
先輩と居るこの時間が永遠やって、ずっと続くもんなんやって……



「俺、名前先輩の事……」



好きやったんや……



あの時、僕が永遠を信じると答えていたなら未来は変わってたんだろうか。




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