19.
弱くて儚いこの心は
あの人の手で暖められる
fiction.19 warm up
部長からの電話の後、携帯画面にはメール受信の表示があって先輩等からやった。
(財前の阿呆何してんねん)
(俺が説教したるわ)
(帰って来たら外周させたる)
特別な言葉なんか全くなくて励ますどころか悪口とか厭味しかないのに。
それが“普段通り”で嬉しかった。変に気使われて距離置かれる方が嫌で、普段通りの自分が居る場所があるっちゅうこと、それが有り難かった。
ただ、名前先輩からの連絡は無かったけど…
『財前君はメール中やってんかー、邪魔して悪いなぁ』
「!」
突然耳に入ってきた言葉に驚いて、携帯片手に振り向けば見慣れた顔があった。
「、オサムちゃん」
『原稿用紙持って来たで』
「…うわ」
『早速今日から書かなアカンからな』
「……………」
予備としてプラス10枚で渡された原稿用紙は俺の手にずっしりと乗る。
こない書くことないわ、そう思うと『ちょっと話、しよか?』とオサムちゃんが腰を下ろした。
俺が思うに、オサムちゃんは全部知っとるはずや。名前先輩を傷付けてしもたこと、全部。せやのに何でそない冷静で居れるん?
何で笑てくれるん…?
「オサムちゃん、俺、」
『なぁ財前』
「、」
『人間て貪欲なもんやなぁ』
「…………」
俺の言葉を塞いだオサムちゃんは何処か寂しそうやった。
俺に視線を向けてるのに、何処か遠く、他の何かを見てる様な…
『前、財前に偉そうな事言うたけど…俺も自分の欲望押さえられへんねん』
『お前は、無理せんでええと思う』
名前先輩も傷付いたけど、オサムちゃんも傷付いたんや。
俺がしてしもた事はそれだけ代償がでかかったっちゅうこと。
『俺も学生ん時から煙草始めたし、間違うた事繰り返して大人になるんや』
そっちの話かと言うみたく、最後に“煙草”に置き換えてたけどソレを含めて先輩の話も交えてて。
俺を責めることなく理解してくれるこの人に感銘した。尊敬とか憧れとか、そんな単語で括れるわけやなくて純粋に『凄い人間』やって…
『悪いと思たならそれでええ。善い男に近付いた印や』
俺には負けるけどなぁ
ククッ、と笑いながら俺の頭を弄る姿に、名前先輩がこの人を好きになった理由が分かった気がした。
俺には無いものをたくさん持ってるこの人を…
『まぁクッサイ話はここまでにして、オサムちゃんはそろそろ帰るわ』
立ち上がるオサムちゃんにつられて立つと『ええから』って座らされて。
「見送りくらい出来るわ…」
『そんなもん要らんわ、お前は早よ反省文でも書いとき』
「…………」
『それから。餞別や』
「、っと、」
ドアからサークルを描いて手に収まったのは没収された煙草。
何で?不可解な行動に頭を傾げるけど、オサムちゃんは一言だけ残して部屋を出て行ってしもた。
教師失格や言われても
お前が同じもんを選んでくれたこと
嬉しかったんや
迷惑かけたないって言うたって、
1人で片付けられるって思たって、
結局は助けてもらってる。
「すんませんでした…!」
もう此処に居らへんオサムちゃんに「有難うございました」と頭を下げてシャーペンを手に取った。
……苦い煙を吸いながら。
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