13.
ただ眺めていても
君は君であることに変わりはなくて
光を掴めないまま僕は彷徨う
fiction.13 Sounding sigh
名前先輩を抱いて、余計にあの人を愛してるんやと実感した。
名前、俺が呼ぶ声に首を振りながらオサムちゃんの名前呼んでて。それでも俺の首に手を回して縋ってくる姿は醜い故に綺麗やってん。
今まで繋がってた先輩の体温が、手にも首にも脚にも、身体中が覚えてる。
先輩の熱の余韻を名残惜しそうに今も求めてるんや。
『名前、先輩…』
後悔してもええからもう一度抱きたいって言うたらどんな顔する?
離れた後の先輩は放心状態で視点すら分からへんなってて、俺は阿呆な事してしもたんやってめっちゃ後悔した。せやけど、どんなに後悔したってええ。
“貴方が欲しいんです”
この手で名前先輩に触れて、腕に収めて、愛を伝える事が出来たら。俺は幸せやのに。
「なんて、自己満もええとこやなぁ…」
今の先輩は俺やなくてオサムちゃんを見てるのに…抱いて痛いくらい伝わってきた。
オサムちゃんが好きやって気持ち。
俺は何で、今更気付くんやろ。
それならいっそ、名前先輩なんか好きになりたくなかった。気付かへんまま“先輩”と“後輩”で居りたかったのに。
『あ、財前!』
「、」
『お前またサボってるんか?アカンやろ授業受けな』
3限が始まる前の休憩時間、ジャージを羽織った部長にばったり会って。
今は部長の小言に付き合うてる気分ちゃうねん、そう思て適当にあしらおうとした。
「頭痛いんで保健室行くところです」
『ホンマか?…せやけど確かに顔色悪いな…一緒に行こか?』
「ガキちゃうんで大丈夫ですわ」
『ハハッ、せやな。名前も急に体調悪い言いだすし風邪流行ってるんやろか…気ぃつけなアカンで?ほな放課後な』
「…………」
体調悪い、か。
間違いなく俺のせいやんな。
心の中でごめんな、って謝りそうになったけど、やっぱり俺は無かった事にしたないから謝らへん。
そして次の授業をサボる場所に選んだのは図書室。
保健室は体調悪い言うてた名前先輩が居るかもしれへんし、図書室は開放されたままに関わらず誰も来おへん穴場やったりする。その上陽当たり良くて暖かいねん。
暫く寝てたらええ、そう思てドアを開けたのに……
『…………』
「先、輩…」
ドアの開く音に振り返ったのはさっきまで俺の腕に居った名前先輩。
嘘やろ?
誰も居らんと思て此処を選んだんやで?
先輩を避けて来たんやで…?
せやのに何で居てるん?こんなん、ただの偶然じゃ済ませへん…今なら“運命”さえも信じれる気がした。
「先輩、」
『っ、』
「待って!俺と一緒に居りたないなら俺が出ていく、せやから俺の話聞いてくれへん…?」
『…な、なに…?』
俺を見て逃げそうになった先輩を引き止めると、視線を下に下げて顔を引きつらせた。
俺が、嫌い?最低やと思てる?
それでも、俺はそれでも、
「名前先輩が好きです」
『―――――』
“貴方を愛しています”
この気持ちはホンマやねん。アンタが好きで好きで、好きすぎる。
『、んで…』
「え?」
『何で今更そんな事言うの…?』
「………」
『ひかるは、卑怯、だよ…』
「―っ、―――」
その場を早く離れたくて本気で走った。
少しでも遠く、あの人から遠くに行きたくて。
「ハァハァ、…ハァ…」
授業が始まった学校は物音ひとつない世界で、俺の呼吸だけが響いてた。
「あんな、顔……見たない…!」
俺を見て卑怯やと言うた先輩は笑ってたんや。
告白を断った時より、無理矢理抱いた時より、哀しそうに泣きながら笑う先輩に掛ける言葉なんか何も無かった。
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