st.07
見上げた空は余りに眩しくて
思わず瞳を閉じてしまうけど
それでも君だけは映していたい
st7.the first snow of the season
「………」
学校を後に、俺は1人街が見渡せる小高い丘にある公園来ていた。
辺りは紅から深い蒼の世界へ変わろうとしていて、もう此処に誰も居らへん。それが逆に有難かった。
「…っ、クソ、クソッ……」
知らず知らずの内に名前ちゃんを傷つけた。
幾ら周りが俺のせいやない、言うたって俺が彼女を苦しませてるのは変えようのない事実。
ガン、ガンッ、
落下防止に設置されたガードレールを殴って自分が犯してしもた罪を流したかった。
鈍い音が響いて、皮を失った左手の間接はじわじわ血が滲み始める。
それでも過去なんか変わらへんねん。どんなに俺が痛い思いしても、どんなに俺が悲哀して謝ったって、彼女の身体どころか心が癒される事はない。
「…ごめんな名前ちゃん…」
名前ちゃん1人辛い思いさせてしもて……
「いっそ、俺もテニス出来ひんようになってしもたら……」
使い物にならへん左手になったらええ
俺は大きく左手を後ろに引いた。
後は、勢い良くガードレールに――――
『っっ、待って!!』
「!!」
ガードレールにぶち当たる数センチ前のところで聞こえた声、左手が包まれる暖かい感触。
『はぁ…セーフ…、でもないかな…』
「名前、ちゃん……?」
俺の左手に温もりを与えてくれたのは名前ちゃんやった。
ただ単に巻いてるだけの俺と違て、名前の右肘に巻かれた包帯は痛々しくて仕方なかった。
せやけど、何で此処に……?
そんな事を聞く間もなく、彼女は大きく息を吸った。
『こんの…大馬鹿っっ!!!』
「え、」
『何してんの!?本当馬鹿じゃないの!!こんな所に殴りかかったら自分が怪我するの目に見えてるじゃない!!』
「あ、いや、それは、」
『言い訳なんか聞かない!!』
敢えてそうしてたんやけど。
そうは言わせてもらえんらしい。
突然現れて、息吐く暇もないほど名前ちゃんは俺に怒鳴り続ける。
『ねぇ!馬鹿でしょ!?蔵って馬鹿なんでしょ!?』
「そ、そうかもしれへんな、」
『はー!信じらんない!自分で認めたよこの人!』
いやー…頷かなもっと怒らせてしまう雰囲気やん?
ちゅうか何このテンション…なんか、拍子抜けやわ……
「な、なぁ名前ちゃん…?」
『何よ』
ホンマ怒ってる顔や…
こんな顔向けられたんて初めて…
「何でこないなとこ、居てんのかなーって、」
『目の前に居る大ボケ探しに来たのよ』
大馬鹿から大ボケに昇進ですか。
まぁ、そない変わらへんからどっちでもええけど……
でも、探しに来た、って……
『……ごめんね、蔵…』
「、―――」
名前ちゃんは、謝りながら俺の左手にそっと自分の両手を重ねた。
『こんなになるまで、責任感じてたんだね……』
「…………」
そうして、重なった手と手を自分の顔に近付けて小さくごめんね、と呟いてたんや。
彼女の吐息が掛かってしまうほど近くなった俺の左手に、一滴零れ落ちて赤く染まる傷を刺激した。
俺はまた、彼女を傷つけてしもたんやろうか。
「名前ちゃん、俺…」
『もう、止めてね、こんな事するの』
「…………」
『こんな事されたって、アタシは嬉しくない』
顔を上げて俺を見る名前ちゃんは涙を溜めながらもキッと睨んでて、それでも切なそうな表情に感慨無量やった。
『あのね、アタシが蔵とテニスしてたのはさっきも言った通り楽しかったから、だけど……力になりたかったんだよ……』
「力…?」
『アタシは、もう頂上目指す事なんて出来ないから。それなら皆と上に行きたかった。肩慣らし程度しか出来ないけど、それでも皆と一緒の位置にいたかった』
だから蔵の手が傷ついちゃうのは、蔵が許してもアタシが許さない
そんな風に言う彼女を、愛しいと思わずには居られへん。
好きの気持ちが今にも溢れ出てしまいそうなくらい。
それくらい、名前ちゃんの言葉は俺に強く響いてた。
「ごめん、な」
『また謝る…謝らないで』
「うん。今んが最後」
『……、なら、許してあげてもいいよ!』
「何やそれ、めっちゃ強気やん」
『アタシを誰だと思ってんの!』
「……ック、ククッ、せやな、名前さんやもんな」
渇ききった湖に潤いが戻って、また綺麗に光を反射する。
俺の心はそんな感じ。
名前ちゃんが居てへんかったら、存在すら無意味やって思った。
僕は君が好きです。
「せやけど名前ちゃん、肘どうなん…?」
『ん、普通にしてたら全然痛くないけど…物は極力持つなって言われちゃった』
「…そ、か………」
やっぱり酷いんや……
利き手が使えへんのは、テニス以外でも不便やのに…
『ちょっとー!またそんな顔して!!』
「あ、」
また怒りだしてしまいそうな彼女に気付いて、下がってしもた眉を上げようと思うと、パチンッ、と額に軽い痛み。
『次そんな顔したらもっと強いデコピンするからね!』
「で、でこ……」
俺は名前ちゃんにデコピンされたらしい。
ホンマ、適わんなぁ……
『強いデコピンは勘弁してほしいわ』
「手加減しないからね!」
『えー、痛いん嫌やわ俺』
「痛がってるとこをすかさず写メしてやる!」
『そんなん嫌やって!』
名前ちゃんとラリーしてる時が1番好きやった。
口には出さずとも会話してるような感覚が心地よくて、当たり前のように打って返ってくるボールひとつひとつに想いを込めてた。
いつかちゃんと言葉で好きやって伝える日が来るまで、それまでは想いをたくさん彼女の好きなテニスで届けようって。
もうそれは出来ひんけど…
それでも隣で笑う名前ちゃんが居るならかまへん。
テニスしててもしてなくても、俺は君の笑顔で幸せになれるんや。
『右手使えないし、字書くのも左手の練習しなくちゃなぁ』
「いっそのこと俺と同じで左利きになるってどうや?」
そんな些細な事でも、お揃いになったら嬉しいねんで。
『えー、やっぱ右でしょー!』
「そんなん偏見や」
『でも左利きになる勢いだよね』
「せやな――……ちょお、待って、」
『え?』
右手から駄目なら左手……
左利きになる勢い……
「名前ちゃん、左手は何も問題あらへんねんな?」
『うん平気ー』
「せやったら出来るやん!!」
『え?何が?』
「テニスやテニス!!左でラケット持ったらええねん!!」
『左手で、テニス……?』
この瞬間、名前ちゃんの瞳は大きく開いてキラキラしてた。
どんな風に言うてたって、名前ちゃんに取ってテニスは無くなったらアカンものなんや。
利き手と逆の手でプレイやなんてそない簡単な事やないっちゅうのは分かってる。
せやけど俺はまた彼女にテニスをさせてあげたいんや。今度は自分の為やなく彼女自身の為に。
約束する。俺が絶対テニス出来るようにしたるから――…
この時、今年初めての雪が舞い降り、俺と名前ちゃんを白の世界へ導いた。
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