snow fall | ナノ


 


 st.06



見えていたモノが一瞬で粉々に砕けた時

僕は君の何を見ていたのか分からなくなった


こんなにも近くで愛していたのに





st6.for you





『ちゃんとホンマの事伝えるんも優しさやで。仲間なんやから』



オサムちゃんが名前にそう言った後、俺等は初めてアイツの昔話を聞いた。



「て、テニス肘って…名前が…?」

『慢性やからホンマは、絶対ラケット持ったらアカンかった』



それは、瞬きさえする事も忘れるほど衝撃的やった。

名前がテニスしてる時、苦しい顔なんかしてへんかった。誰よりも笑てて誰よりも楽しそうにしてた。

ホンマはこない痛みと戦ってたのに。




  □




その後は散々やった。

オサムちゃんは名前を病院に連れて行って、謙也先輩はボールを握ったままソレを見ては何度も深く溜息ついて、部長は、



『……れが…い……俺…せい…』

「…………」



俺のせいや
俺が悪い

狂ってしまったかの様に、ひたすら繰り返してた。
責任を感じてしまうんは分かるけど、見てられへん……



「…部長、」

『……財、前?』

「もう、止めて下さい」



そんな顔するん止めてや…



『……………』

「部長のせいちゃいます」



もし部長に非があるなら、俺も同罪やから。

毎日毎日アイツを見てたのに何も気付かへんで止めへんかった俺のせい。



『そんな事言うたって俺が名前ちゃんと打ち合いせんかったら……』

「アイツ言うてたやないですか。部長とテニスしてる時は痛くなかって…」



アンタとテニスしてる時が幸せやったって。


“光とテニスしたいな”


頑なに拒んできたせいで、俺はそんな想いさせる事すら出来ひんかったんや。
幾ら今つらくてもアイツの気持ちを尊重して幸せにしてあげる事が出来たんやで部長は。



『ホンマに、そうやったんやろか……』

「あれだけ一緒に打ってたやん…名前がどんな顔してたか、部長が1番知ってんとちゃいますか?」



ボールが向かってくる度、その度に眼輝かせて部長に向けて打ち返す。
あの表情させてたんは俺やなくてアンタやねん……

こんな事になるなら、1回くらいアイツとテニスしとけば良かったって、俺は部長が羨ましい。



『あの子は、テニスがホンマに好きやった』

「、ですね」

『もう…テニス出来ひんのかな…』

「…………」



治れば出来る。

せやけどそれがいつかなんか分からへん。こないな時に憶測で物を言うんは嫌やけど…それでも、



「アイツは、根性で治しますよ。此処に戻ってくる」

『財前……』



それでも俺はそう信じてる。
アイツはまたコートに立つって……



『なんか、悪かったな…気使わせてしもて』

「は?気使うわけやないやん部長に」

『ハッ、そうやな…』



軽く口角を上げた後、部長は立ち上がって自分の荷物を手に取った。



「、帰るんです?」

『今日は、1人にさせて欲しいねん』

「……きぃつけて」



きっと、この人は1人になったらまた自分を責めてしまうんやと思う。

人に優しく自分に厳しい部長はそういう男。抱え込まんでええのに……



『光!ただいま!』

「!」



部長が帰ってしもた後すぐ、名前とオサムちゃんが戻って来てて、いつの間にか俺の後ろに立ってた。



「もうええんか?」

『大丈夫だよ!包帯ぐるぐる巻きだけど!アハハ、蔵とお揃いみたいだよね!って蔵は?』

「ん、今帰ってしもた」

『……アタシのせい、で?』

「……それはちゃうな」

『…………』



大袈裟に巻かれた名前の右手の包帯は少し厚みがあって。それは全然大袈裟やないことを表してたんや。

そして、部長を気にする名前は罪悪感でいっぱい、そんな顔をしてた。



『オサムちゃん、アタシの事殴って』

「は…?」

『…ええんか?』

『うん』



な、何言い出してんねんコイツ……!!

オサムちゃんも何で普通にしてんねん!止めへんのんか……!?


そんな俺の考えを余所に、バチンッッ!と凄い音が響いた。
オサムちゃんに両頬をひっぱたかれてるという突発的な出来事に俺は茫然としてしもた。



『痛っ……でもオサムちゃん、前より加減したでしょ』

『そんなつもりは無かってんけど?』

『嘘だ。アタシか滅入ってた時の方が酷かったもん』

『アイツが居らんなって腑抜けてたからなぁ。あの時ホンマはグーで殴ってやりたかったんやで』

「…………」



何の話か分からんはずやのに、なんとなく理解出来た自分に驚いた。

あの時、それは多分名前のコーチが亡くなった時の話で。オサムちゃんがアイツを立ち直らせた、ってことやと思う。

名前がオサムちゃんに対して特別な眼をしてるって感じたのはこういう事なんや。
恋愛感情とかそんなもん飛び越えて、もっと深い絆がある。せやから名前はオサムちゃんに向ける顔が柔らかい……



『気済んだか?』

『うん。後はアタシと蔵の問題だから』



名前がオサムちゃんに殴ってって頼んだのは、自分が部長を苦しめてるって分かってるから。
申し訳ない気持ちを自分に戒めたかったんやないかって思う。

強い女やな……
そう尊敬してしまいそうなほど凛々しい名前を見てると、オサムちゃんから部活やろか、と背中を押された。



『名前、お前は部室で大人しく日誌でも書いとくんやで』

『任せてー!』



グイグイとコートに向けて押されてた俺の背中は、名前が部室に入ったと同時に離された。



『悪かったな財前』

「オサ、」

『アイツの我儘に付き合わせてしもて、せんでええ思いさせて悪かった。俺も分かっててさせてから…』

「―――…』



オサムちゃんのその言葉は、鉛のように重く重く俺に響いた。

昔からアイツを知ってるだけにオサムちゃんは俺等なんかと比べもんにならへんくらい痛いんやと思う。名前に、テニスさせたかっただけに……


この人にだけは、一生かかっても適わん。そんな気がした。






さっきまでは部活なんかしとる場合やないって思てたけど、いずれこうなる事を分かってたんか、思いの外元気な名前を見ると安心してそれなりにテニスが出来た。

ちょっと休憩しよか、オサムちゃんの声で一時中断されたのを善い事に俺はアイツが居る部室へ向かった。



「名前、」

『!!』



ドアを開けた瞬間、前言撤回したかった。



「、―――――」

『…ひ、…かる……』



振り返るアイツの眼は真っ赤で、ボロボロ涙が零れた。

元気?
そんなことある訳が無い。
アイツは好きで堪らんテニスが出来ひんなったんや。

元気なのは、心配させたないから。自業自得な行為で皆に迷惑かけたなかったから。



『ど、どしたの、休憩?』



必死に眼を擦って隠そうとする名前やけど、さすがに黙って頷くことなんか出来んかった。



「泣きたいだけ泣いたらええやろ……」

『ひか、る……』



いつもより小さくなってしもた背中を抱き締める。

俺はホンマに阿呆や。
怪我に気付かへんかった上に今の気持ちにすら気付かれへん馬鹿な男や。

抱き締める腕にごめんの気持ちを込めて、力いっぱいアイツを包んだ。



『ひかる…アタシね、テニス好きだよ…』

「知っとる…」

『テニスの事、考えてる時、蔵とテニスしてた時、全然、肘なんか忘れ、てて…』

「うん……」

『…っひっ……ひっく…』



力を入れたって無駄なくらい震える身体をどないしたら止められる?

眼から落ちていく雫をどう拭ってやればお前は笑てくれる?



『光……テニス、したいよ……』

「…………」

『本当は、今すぐ、テニス…したい……』



名前の心の叫びに、どうしてやったらええかも分からへんで、俺は唇をぎゅっと噛んだ。

どうする事も出来ひん非力さが歯痒くて、言葉もかけてやれへん力量の無さに情けなくて、自分を殺したくなった。



『アタシから、テニス取っちゃうと、何も、残らない……』

「……それは、無い…」

『、え…?』



お前に取って、テニス以上に大事なもんなんか無いんやろうけど……



「俺はお前の傍に居る…」



例えもうラケットが握れへんなっても、ボールを追い掛けらへんなっても、俺が名前の事支えてやる。

何も出来ひん俺やけど、お前の隣居る事くらいは出来るんやで……



『ひかる……?』

「俺は、お前の前から消えたりせん」



一生かけて、愛したい


せやから笑て。って言うのは驕りになりますか……?



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