st.05
暖かい春の太陽の下
僕が永遠の愛を誓った場所で
君は笑ってた、泣いてるかのように
st5.be damaged
「名前ちゃん!!」
苦しそうな顔をする彼女を前に慌てる事しか出来ん自分が嫌やった。
周りに居る皆も心配そうな顔してて、あの財前もが口を開けてたんや。
それくらい、名前ちゃんは辛そうに歯を食い縛ってた。
「名前、ちゃん…」
『名前』
俺が彼女を起こそうとすると、それを制止するようにオサムちゃんが名前ちゃんを抱えた。
「…………」
行き場の無くなった左手を引っ込めようとした時、オサムちゃんは名前ちゃんに話を振った。
『お前、今日どれくらいやったんや?』
『……30分、くらい……っ、』
『阿呆。そろそろ、潮時や…』
2人が、何の話してるのか分からんかった。
でも、30分くらいやった、って事は俺と打ち合いしてた事を言うてるんか…?
『でもオサムちゃん、』
『ちゃんとホンマの事伝えるんも優しさやで。仲間なんやから』
『………っ、分かった…』
オサムちゃんは温熱湿布を取り出して名前ちゃんに貼ってあげると、煙草に火を付けてその場にしゃがみこんだ。
俺等に、もう少し近くに来い、そう眼で合図しながら。
『単刀直入に言うわ』
これから先、何が伝えられるんやろうか。
変な緊張が俺に汗をかかせるけど汗を拭く余裕なんかなくて。名前ちゃんは湿布が貼られた右肘を押さえながら俯いてた。
『名前は、テニスしたらアカンねん』
「……え?」
テニスしたらアカンて、どういう事や……?
今まで普通に俺とか謙也と打ち合いしてたやん……
『アイツの右肘、所謂テニス肘やフォアハンドのな』
「!!」
『て、テニス肘って…名前が…?』
『慢性やからホンマは、絶対ラケット持ったらアカンかった』
「……………」
“ホドホドにしたって”
昨日の、オサムちゃんが言った言葉がやっと繋がった。
俺の気持ちとかそんなんどうでもええ。名前ちゃんの身体の心配やったんや……
それからオサムちゃんはゆるりゆるり話を続けた。
名前ちゃんが小さい頃からテニススクールに通ってたことから始まって、彼女に付いてたコーチがオサムちゃんの友達やったこと。
そして、名前ちゃんが高校入ってすぐそのコーチが癌で亡くなったらしい……ずっと一緒に頑張ってきたコーチが居らんなって自棄になってた名前ちゃんはがむしゃらにテニスしてて、それは傍から見ても酷い状況やったとか……
オサムちゃんが様子を見に行った時には既に、名前ちゃんは右肘を痛めてた。筋肉損傷してて、絶対安静。そんな状態やったんや。
それでも名前ちゃんはテニスから離れたくなくて、毎日ラケットを持ち歩いてたらしい。
コーチが亡くなる前、オサムちゃんは同じ学校の生徒やいう事もあって、
“アイツ、頼むわ”
そう言われた。
いつまでたっても不安定やった名前ちゃんを見兼ねて、オサムちゃんは名前をマネージャーとしてテニス部に入れたんや。
そんな話やった……
『…ホンマ、に……?』
『少しくらいなら打ってもええか思てたけど、やっぱりアカンのやな…打った後にあのカゴ持てへんなるくらい酷いねん。名前も痛いなら無理すんな阿呆…』
「………………」
名前ちゃんが笑って誤魔化してきた真実は俺には痛いほど突き刺さってて…
財前も謙也も、我が眼を疑うような顔つきやった。
そらそうや…
あんなに楽しそうに、嬉しそうにボール追い掛けて子がホンマはテニス出来ん身体やったやなんて、はいそうですかって、信じられるか……?
“名前ちゃんラリー付き合うて”
“いいよオッケー”
あの瞬間が好きで何のためらいもなくボールを打ってた俺。
“やっぱ上手いなぁ”
“名前さんを舐めちゃいけないよ”
ただ人並み以上に出来る事に関心してた俺。
知らんかった
それじゃ許されへん。
名前ちゃんの身体を傷つけたのは、誰でもなく俺や
「……、ごめん……っっ」
『、え?』
「名前ちゃん、ごめん、な……」
謝って済む問題ちゃう。
せやけど謝らずには居れへんかった。
オサムちゃんの話の時も今もずっと、顔を歪ませてる名前ちゃんは俺のせいで苦しんでるんや。
俺が、自分の欲求満たす為だけに彼女をこんな目に合わせた。
それが情けなくて、悔しくて、涙が止まらへんかった。
『な、何言ってんの、蔵…』
「俺の、せいや…」
俺が、名前ちゃんからテニスを奪った。
『違う、よ…蔵のせいじゃないよ…』
初めから言うてくれたら良かったのに
そう思う気持ちも心の片隅にあったけど、それは間違うてる。
気付いてあげなアカンかった。
笑顔の裏にある哀しみを。
名前ちゃんは、そんな事言うて俺等に心配かけさせたくなかったんや……
「ごめん…堪忍、ホンマ、ごめん……」
『白石…』
『謝らないでよ…』
「…ごめん……」
『だから、違うんだよ…』
名前ちゃんは立ち上がって俺に近付くと、俺の手をぎゅっと握った。
左手は力いっぱいやのに、右手は震えてて、またそれが痛かった……
『あのね、蔵…アタシ、蔵とテニスしてる時は痛くなかったんだよ…?』
「…………」
『そりゃ、正直言うと、終わった後に痛む事はあったけど…蔵と打ち合ってる時は全然痛くなかった。楽しかった』
アタシは幸せだったんだよ
名前ちゃんの言葉に何て言えばええんかも分からへん…
めちゃくちゃ痛いはずやのに、右手は力入らへんのに。
幸せな時間を有難う
――――……何でそんな事言うん…
そんなん俺が貰える言葉ちゃうねん……
俺のせいやって言うたらええのに…名前ちゃんは笑ってた。
「っ、……」
『蔵は、楽しくなかった…?』
「…ホンマに、楽しかった、で……」
『うん。だったらアタシは十分だよ』
「名前ちゃんは、阿呆や……」
『な、何でよ!』
こんな最低な俺に優しくしてどないするん?
笑ってもらう資格なんかあれへん。
せやのに俺は、今日も君に救われる――…
st5. END.
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テニス肘について調べたものを簡潔ですが載せておきます。
◆テニス肘(フォアハンドテニス肘、バックハンドテニス肘)
筋力が衰えているか、誤ったフォーム・スイートスポットに当たらない人などに多くみられる。
◆バックハンドテニス肘
ボールインパアクトの瞬間ラケットに加わる衝撃が肘に伝わり、肘間接付近の筋肉の付着部が炎症を起こす。肘の外側に痛みを感じ、初期はバックハンドの時のみに感じる程度ですが進行すると日常生活で物を持ち上げたりするだけでも痛みがある。
◆フォアハンドテニス肘
手首や指を曲げる筋肉と手首を内側にひねる筋肉の使いすぎによって屈筋腱付着部に炎症を起こす。肘の内側に痛みを感じ、プレー中だけでなく、ものを持ちかえたりする動作のときに痛む。
◆治療
急性期の場合、アイシング、ストレッチ、安静が原則
慢性期の場合、温熱や低反応レベルレーザー、低周波によるリハビリ、ステロイド注入などの局所療法など
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