st.16
どんな時も毎日いつも
君は特別な居場所だった
それはあの人にとっても同じ事だったんだ
st16.special place
名前が墓石に問う姿をただ眺めてた俺を余所に、謙也先輩が足を進めた。
『名前』
『あ、謙也…と光…』
そして名前の隣にしゃがみ込むと、
『俺等も、拝ませてもろてええ?』
『うん…』
俺にも来い、と手招きして手を合わせた。
俺も謙也先輩の隣で同じように手を合わせると、小さな声で有難う、と聞こえた。
「…………」
『光、謙也?』
『ん?』
『花屋、一緒に来てくれないかな』
「…花屋?」
既に墓には花がめっちゃ供えられてたのに何で花屋……?
そう思てたら名前は、ここにコーチが好きだった花が無いから、と墓石を切なそうに見てた。
きっとアイツにとってこの人は、誰とも比べられへんほど特別な存在で。それは今までもこれからも変わる事は無い。
お前は知らへんやろうけど。俺にも、そんな存在居てるんやで……?
『俺は、用事あるから財前一緒に行ったり』
「はぁ…」
『ほなまた明日な名前』
『うん、バイバイ謙也』
ニッと笑て名前の頭をくしゃくしゃと撫でて謙也先輩は帰ってしもた。
気ぃ、使てくれたんやろな多分。
せやけど謙也先輩、アンタは…
ホンマは俺が部長やったらええって思てるんちゃう?
「俺やって、そう思てるわ……」
『え?何?』
「何でもない…花屋行くで。早よ行かへんと閉まってしまう」
そして花屋へ向かってると、辺りは次第に暗くなってきた。
暗がりに星が顔を出すと寒さに一層拍車かかって。
名前は、寒いー、って眉間にシワを寄せながら鞄を開けた。
「何?善いもんでもあるん?」
『うん!善い物ー!』
……ホットコーヒーとか?
いや、仮にそうやとしても鞄に入れっぱなしにしてたら冷えてるな。
せやったらカイロ辺りが妥当?
なんて呑気に名前を見てると、フワッと何かが俺に被せられてん。
「、な、なん…」
『寒い時にはマフラーだよ光!』
「……………」
『昨日は有難うね』
それは俺が名前に貸したマフラーやった。
鞄の中に入ってたはずやのにアイツの薫りがして暖かくて、なんやめっちゃドキドキする、気がした。
変態臭いけど、このままアイツの薫りに溶け合う事が出来たら。
名前と重なれなら、俺は変態にでも何でもなったる。
『あ、あそこだよ!もうすぐ着く……は…はっくしょーい!!』
30メートル先に見える花屋を指差すなり豪快なくしゃみ。
「相変わらず色気無い女…」
『うるさいな!くしゃみに色気関係無いし!』
「……阿呆」
『え…?』
俺に文句言うて背中を向けた名前に、さっき渡されたマフラーを後ろから巻いてやる。
「黙って巻いとけ」
『でも光が、』
「俺は馬鹿ちゃうねんから誰かさんと違て風邪なんや引きませんー」
『は、馬鹿ってアタシの事言ってんの!?うわ、ムカつくー!それに風邪引いて馬鹿なのは冬じゃなくて夏だし!』
「夏も冬も変わらへんわ」
『全然違うよ光の馬鹿!』
追い抜かした俺を追い掛けて来て背中をボコボコ殴ってくるアイツ。
全然痛くないし、寧ろ心地善いなんて。
そんな名前の両手首を引っ張ると、うぎゃ、とまた色気無い声で俺の背中にぶつかった。
『何すんのよ阿呆光!鼻打ったじゃんか!』
「…名前、」
『……ひかる?』
「マフラー、もう返さんでええから」
『は?どういう、』
「マフラーも持ってへん阿呆に恵んだる言うてんねん」
『あ、りがと……って!また阿呆って言う!!アタシの事馬鹿にしてるでしょ!?マフラーくらい持ってますー!』
「ククッ、どうやろな」
『その笑い方が更にムカつくー!』
嘘やで。
ホンマは俺のもん、持ってて欲しかっただけやねん。
悪態ついて言うてるけど、照れ臭いだけや。
せやから俺はお前と居る時、自然と笑えんねん。
そして花屋に着くと、名前はかすみそうを一束買った。
墓にかすみそうなんて非常識やけど、名前があの人の為にあの人の好きな花をあげたいって言うてるんやからそれでええと思う。
『ねぇねぇ光、お花持って行ったらご飯食べに行こうよー!お腹空いたー!』
「えー、何食べるん?」
『うーん。アイス?』
「絶対嫌」
『何でよケチー!』
「アイスとか飯ちゃうし寒いし――――…」
『え、何、どしたの?』
墓へ戻って来ると、そこには墓石の前で手を合わせる人が居った。
急に立ち止まる俺に不思議がって名前も墓へ視線を向けると、途端言葉を失ったように固まって。
『………彼女がまた笑てテニス出来る事を祈ってます…テニスが好きや、ってプレイ出来る日が来るのを誰より願ってる……』
その声、その姿は紛れもなく部長やった。
何で部長が此処に居てるかなんか分からへんけど、名前のコーチに向けて名前がテニスを出来るように請う姿は本物やった。
なんだかんだ言うたって部長はアイツの事、1番に考えてんねん…
「……………」
そして部長が立ち上がるなり、名前は部長を呼ぶ。
『蔵、今の、ほんと……?』
『……何の事や?』
俺等が居る事に一瞬驚いた表情やったけど、直ぐに視線を外してしらばっくれた。
でも、聞いてしもた以上、そんなん無駄やで……
『アタシが、テニス出来る事願ってるって…』
『…………』
案の定、名前は部長を掴んで納得するまで離さへん、そんな様子やった。
『…離してくれへん?』
『やだ…離さない、絶対離さない!!』
『名前ちゃん…』
『離したら蔵は行っちゃうんでしょ!?そんなの嫌だ……』
『……分かった。話、するから離してや…』
「…………」
こうなると俺は早よその場から消えた方がええ。それは分かってんのに、足が動かへん…
2人が気になるのは勿論、せやけど……
このまま丸く収まる様には思えへんかったから。
『蔵はどうして離れて行くの…?…テニスからも、アタシからも…』
『…………』
『アタシが怒らせたからでしょ?謝るから、だから戻って来てよ…』
『…………』
ずっと黙りな部長。
ええ加減、ちゃんと説明したらどうや…もうええやん……名前やって真剣やねん。アンタも腹括ったりや……
そして名前が右手を挙げた瞬間、漸く口を開いた。
右手は使たらアカン、そう優しく気遣いながら右手を握って。
『アカンねん…』
『……え?』
『俺が居てたらアカンねん』
『…名前ちゃんの傍に居ったら…テニスも、名前ちゃんの事も、忘れられへんから……』
『――――、』
『俺のけじめやねん…堪忍な』
何で、忘れなアカンねん…
忘れてどうなる?アンタが苦しむだけちゃうんか…?
「部長、」
『財前、もう遅いから名前ちゃん送ったってな』
「…………」
そう言いたいのに、部長の寂しそうに決意を固めたような顔を見ると何も言えへんかった。
名前も何も言わんと、軽く放心状態で。
そんなアイツに声を掛けようかと思うと、墓に置かれたある物に目が往った。
「なんやコレ…テニスボール?こんなんあったか…?」
『……え?』
「、――――…」
そのテニスボールを手に取るなり、眼を疑った。
なんやねん……なんやねんコレ…
そしてソレを名前に渡した。
『なに――、!!………これって…』
『、部長しか居らんわ…』
“彼女にテニスという道を拓いてくれた事、有難うございました”
ボールにはマジックでそう書かれてた。
謙也先輩。
俺、やっと部長の事が分かった気がしました。アイツを想うからこそ離れて行く意味。
それは名前に笑てテニスして欲しかったから。
一瞬でも、テニスに嫌悪感を持たせてしもた自分が許せへんかったんや………
『く、ら……』
アイツの零すモノのせいで、テニスボールに書かれた綺麗な文字は少し滲んでいく。
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