st.15
それは遠くに居れば居るほど思い知る現実
僕から君を取ることなんて出来るはずがなかった
だって君が僕の太陽という心臓だったから
st15.distance
テニスを辞める、そう言うて2日目。
何もする事が無かった俺は部屋でずっと呆けてた。
ラケットとボール、テニスに関わる物全てをクローゼットの奥に放り込んでベッドに横になる。
せやけど、忘れようと思えば思うほど頭に過る名前ちゃんと過ごした毎日。
彼女と過ごす日々は必ずテニスと隣り合わせで。左手に残るラケットの感覚が嫌でも彼女を忘れへんって言うてる気がした。
「名前ちゃん…逢いたい…」
もし、今彼女に逢ったなら何を言うたらええんかな。
とりあえずごめん、謝って…それから、やっぱりテニスも名前ちゃんも忘れられへんって打ち明けて…また名前ちゃんが好きなアイスでも食べに行けたらええなぁ……
「阿呆らし、何考えてんねやろ…」
そないな想像したって、俺には叶わへん事やのに。
名前ちゃんに顔合わす勇気すらあらへん……
♪〜
「、メール?」
そして不意に鳴る携帯はメールを受信してて、送り主は謙也やった。
「またアイツか…」
昨日やって電話してきたくせに何をそんな俺に言う事あんねん。
そう思たのも束の間、メール本文には、
“今日名前のコーチの命日やって”
地図を添付してそう書かれてあった。
「名前ちゃんのコーチの…」
今日、なんや…
俺には関係無いかもしれへんけど、会うてみたくなった。
彼女にテニスを教えた人に。
気が付いた時はジャケットを羽織って家を飛び出してて、手にはテニスボールを持って走った。
「ハァハァ、…此処か…」
謙也が教えてくれた場所へ着くと、たくさんの花が供えられてあって、本人を知らへん自分でもコーチが善い人やったっちゅうことは一目瞭然やった。
失礼の無い様、手を合わせてから俺はテニスボールを花の横に置いた。
「…誰やねん、ってそう思うかもしれませんけど…こんばんは…」
見た事も無い人を頭の中で描いて話し掛けると、優しく笑てくれてる気がして…そのまま言葉を続ける。
「俺、名前ちゃんが好きです。彼女がテニスしてる姿、ホンマに好きでした…」
貴方が教えたテニスをしてる時、彼女はキラキラしてて、見惚れてしまうほど綺麗やったんです。
「俺は、コーチにはなれへんかった」
貴方の様な尊敬されるコーチにはなれませんでした。
比較する対象にもなれないくらい落ちこぼれの男です。
「せやけど、俺は……名前ちゃんから離れた今でも…彼女がまた笑てテニス出来る事を祈ってます…テニスが好きや、ってプレイ出来る日が来るのを誰より願ってる……」
例え隣に居るのが自分じゃなくても、彼女が幸せならそれでいい。
だから、だからどうか……
彼女にテニスをする力をあげて下さい。
「……………」
そしてもう一度手を合わせて俺が立ち上がると、近くでパキン、と小枝が折れるような音がした。
振り返るとそこには、
『蔵……』
『…………』
名前ちゃんと財前が居てた。
もう8時過ぎてるし、墓参りに来てたとしてもとっくに帰ってる思たのに……
とんだ誤算やわ。
『蔵、今の、ほんと……?』
「……何の事や?」
話まで聞かれてたんか……
どこから…?
『アタシが、テニス出来る事願ってるって…』
「…………」
最後の一言だけか。
それならええ。
安堵の溜息を吐いて、名前ちゃんの言葉に返事する事なく帰ろうとすると、腕をグッと掴まれた。
「…離してくれへん?」
俺の腕を掴んだのは名前ちゃんで。
左手は勿論、右手にも力を込めて両手で俺を離そうとせえへん。
アカンよ名前ちゃん……
右手は使たらアカンやろ…?お願いやから、俺の為に無理はせんで。
『やだ…離さない、絶対離さない!!』
「名前ちゃん…」
『離したら蔵は行っちゃうんでしょ!?そんなの嫌だ……』
「……分かった。話、するから離してや…」
『…………』
頑固な名前ちゃんにそう言うと、渋々、といった感じで手の力が抜けた。
せやけど左手は未だ俺のジャケットを掴んだままで……
そんなんされたら俺は名前ちゃんの事……
『蔵はどうして離れて行くの…?…テニスからも、アタシからも…』
「…………」
『アタシが怒らせたからでしょ?謝るから、だから戻って来てよ…』
「…………」
黙りやった俺やけど、また左手に力が入って右手をも挙げる名前ちゃんに口を開いた。
そっと右手を握って。
「アカンねん…」
『……え?』
「俺が居てたらアカンねん」
眼を丸くする名前ちゃんの手を離して続ける。
「…名前ちゃんの傍に居ったら…テニスも、名前ちゃんの事も、忘れられへんから……」
『――――、』
「俺のけじめやねん…堪忍な」
『部長、』
「財前、もう遅いから名前ちゃん送ったってな」
『…………』
名残惜しいけど…このままずっと彼女と話したいけど……
名前ちゃんの頭をポン、と撫でてその場を後にした。
「寒、……」
帰り道は寒くて暗くて静かで。
この世界に自分1人しか存在してないんやないかって思た。
雲と雲の合間から見える月が俺を照らして影を作る。
当たり前なのに幻想的なその景色に、君が居ないんだと思い知らされた。
1人になると思い出してしまう君の姿は酷く笑ってた。
君が好きなのに、君から離れる事は思っていたより過酷で涙が溢れた…………
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