snow fall | ナノ


 


 st.14



いつか君と見た晴れ渡った空は
今じゃ雲が覆って何も見えやしない

あの人と君の心も一緒に連れて行ってしまったんだろうか






st14.I can







アンタ最低やわ

それは本心ちゃうけど、言わずにはおれへんかった。



『光っ!待って!待ってってば!』

「…………」



俺が部長の教室を出て部室まで走って行くと、すぐに名前が追い掛けて来た。

壁にもたれて崩れるようにしゃがみ込む俺の前に名前も同じく座った。



「あんなん、部長ちゃう……」

『うん…』

「部長はあんな男やないねん…」

『うん…』



俺の言葉にただ頷くだけの名前は、眼にうっすら涙を溜めてた。

部長がテニス辞めるんは何か理由がある事くらい分かってる。
簡単に辞めてしまえる程軽いもんやないって分かってるから。

理由言いたないのはともかく、あないな事してコイツを傷つけるんは許せへんかった。
名前の為に尽くしてきたんはアンタやろ?せやのに何で苦しませるん……?
どこまでが本気で、どこまでが冗談やねん…



『光、』

「、」

『大丈夫だよ』

「え?」



名前は左手で俺の右手を握った。



『蔵は、絶対戻って来るから…』

「…………」



小刻みに震える左手とは対象にアイツの顔は凛々しく、部長を信じてる顔やった。



『だから、アタシ達も頑張ろうよ……』

「…せやな」



部長、アンタは幸せな男や。
好きな女にこんな風に想われてんねんで……

テニスにしても普段にしても、俺はアンタが羨ましくて仕方ない。




  □





『財前』

「謙也先輩…」



その後部活を始めると、謙也先輩がやって来た。

昨日謙也先輩は居てへんから部長の事は知らへんのやろか。



『……大変やったな』

「、もう知ってるん?」

『まぁ、皆騒いでたからなぁ』

「そうですか」



謙也先輩がジャージやなくて制服で居てるとこを見る限り、話を聞き付けて様子を見に来てくれたっちゅうとこか。



『気にするな、っちゅうのも変やけど気にせんでええから』

「………」

『アイツも自分の事になると不器用で馬鹿やねん』



さすが3年間一緒に部長と居るだけあって、謙也先輩は部長の事が分かってるみたいやった。

それならいっそのこと聞いてみたらええかな…



「謙也先輩、部長は何で、」

『財前。それは俺の口から言う事ちゃうわ』

「……すんません」

『名前は?練習してんの?』

「、向こうで」

『様子見てくるわ』



いつもはヘタレで情けなかったりするけど、こういう時に支えてくれる謙也先輩はでかい人やなって思う。
俺には真似出来ひんこの人の優しさ、寛大さ、これが1年の差なんかもしれへん。

俺も周りが見える男やったら、こないな事になってないんやろな……



「…………」



ラケットを握る右手に力を込めて願った。

部長、アイツの為に早よ戻って来て下さい………





そして7時を迎えて部活が終わると、俺は気を紛らわせるかの様に1人でラケットを振ってた。

こんな自主練したって悪循環やっちゅう事くらい分かってる。
それでも家でじっとしてられへん。



「さすがに、帰らなアカンな…」



時計は9時過ぎを指してて、星さえ見えへん空からは思わず顔をしかめてしまうほどの冷たい風が吹く。

家まではランニングで帰ろうと思た俺は着替えず、ジャージにマフラーだけ捲いてテニスコートを後にした。



「ホンマ寒、……ん?」



テニスコートを囲うフェンスを出ると、そこにしゃがみ込んだ人影。

誰や?こんな時間に……

近づいて顔を覗くと、



『あ、光…』

「お前何してんねん……」



顔を赤くした名前やった。



『光こそ何してるの?もうとっくに帰ったんだと思ってた』

「自主練、やけど…名前は、」

『偉いじゃん。アタシは、蔵待ってた』

「…………」



この寒い中、こんな時間まで此処でずっと……?



「阿呆やろ…」

『わー、超失礼っ!』



絶対阿呆や。
こんな時間に来る訳ないやん…

唇真っ青にして、何してんねん…



「送ったるから、帰るで」

『…………』



俺がそう言うてもアイツは黙ったまま立ち上がろうとせん。



「帰る言うてるやろ」

『いやだ…』

「嫌ちゃうわ」

『やだやだ!蔵の事待つの!帰らない!』



今まで何で気付かへんかったんか分からんくらい、アイツは部長の事想ってんねんな。

なんか、痛いわ……

せやけど俺やって…



「名前、帰るで」

『だから帰らないって、』



俺もお前に惚れてる男やねん。

自分に捲いてたマフラーを取って名前に捲いてやる。
その時触れたアイツの頬はめっちゃ冷たなってて。



「今日はもうええやろ。明日、また待ったりや…」

『でも…』

「部長やって、お前に風邪引かれたら嫌やと思うで?」

『…………』

「今日の名前は十分頑張った。明日また頑張ったらええねん」

『……うん』



名前はやっと立ち上がって、俺の腕にしがみついた。

冷たいはずの名前の身体はめっちゃ暖かくて、腕が熱に侵される気がした。



『マフラーあったかいよ光ー』

「当たり前や、俺の優しさが詰まってんねんから」

『うわー、光気持ち悪ーい!』

「うっさいわ」

『アハハ!』

「笑うなボケ」

『えへへ……暖かいなぁ…』

「…………」



ホンマは、抱き締めて自分のモノにしたかった。

部長なんかに渡したくなくて、俺にしとけって言いたかってん。


でも、ソレを言うてしもたら俺は良くてもお前は寄りかかる場所さえ無くなってしまうから。
俺だけは名前の前から消えたりせえへん。





  □





次の日、名前は部活に来おへんかった。

やっぱり風邪でも引いたんやろか。そう思て携帯で新規メールを開いた時、



『名前は墓参りや』

「墓参り…?」



俺の携帯を手で覆いながらオサムちゃんは言うた。



「もしかして、名前のコーチの……?」

『せや。今日はアイツの命日やねん』



フッと空に視線を移すオサムちゃんは寂しそうやった。

もう何年も経ってる言うたって、大事な人を失った気持ちは消えへんって事。名前もそう。

それならメール送るのは止めた方がええ、携帯閉じると、



『オサムちゃん、俺等も行ってええ?』

「謙也、先輩?」



謙也先輩がいつの間にか俺の横に居った。



『…ええよ。アイツも喜ぶわ…』

『ほな行くで財前』

「え、せやけど、」

『ええから早よ行くで』

「ちょ、謙也先輩!」



オサムちゃんから許可を貰た途端、半ば強制的に俺を連れて行く謙也先輩。

何考えてんねんこの人。
そら、名前の事は気になるけど、でも俺等が居らん方がアイツだって………


そんな事を考えてる間に到着して、線香の独特な薫りがした。
隅っこの方にある墓の前で手を合わせる名前が目に入って声を掛けようと思うと、謙也先輩に止められた。



「なん、ですか?」

『…………』



俺の前に手を出して、動くな、と言うてる謙也先輩に首を傾げると、名前の声が聞こえてきて……



『コーチ…あのね、アタシ左手でテニス始めたんだよ』

「……………」

『蔵がね、右手じゃなくても出来るんだって教えてくれたんだ』



その声は独り言なんやなくて、コーチへ報告してる会話やった。



『今はまだ下手くそだけど楽しいよ…やっぱりテニスは好き…でも、蔵がテニス辞めるのは嫌だよ……それにアタシのせいだもん、蔵はアタシのせいでテニス辞めちゃった……』



名前は墓から視線を反らさず、そのまま涙を流した。



『コーチ、アタシどうしたらいい?どうしたら蔵に戻って来てもらえる…?コーチなら何て言うの……?』



もう、見てらへんと思った。
何もしてやらへん自分が嫌で嫌で、この場から逃げ出したくて仕方ない。



『財前』

「、」

『そろそろ、行ってやったら?』



俺の前にあったはずの謙也先輩の手は、気付いた時には俺の肩にあって。

“お前が助けたるんやろ”

そう、言われた。

ここで声を掛けてやったら名前は泣き止むかもしれへん。笑うかもしれへん。
せやけど、



「俺には出来ひん…」

『財前?』

「アイツが欲しい手は俺やないから」



この場限りの手を差し伸べてやっても名前を救ってやる事なんか出来ひんねん。

お前が苦しむならその苦しさを俺も貰う。
お前が嬉しいと思うならその嬉しさを俺も分かち合う。
俺に出来る事は傍でそうしてやる事だけやから。



『…お前も、めっちゃええ男やで』

「…嬉し、ない…」

『素直に喜ぶとこやわ…』

「黙って下さい、謙也、先輩…」



君の変わりに涙を流すから、君は涙を忘れて下さい。





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