sl.13
物語の結末は
想像以上に呆気なく渇いたものだった
それでも君が幸せならそれでいいんだ
st13.melt away
テニス辞めるわ
そう言った瞬間の名前ちゃんと財前の顔は笑てしまいそうなほど眼を真ん丸にしてて、口も開いたままで。
せやけど、笑うより何より、
「キツイなぁ……」
苦しい気持ちのが勝ってた。
テニスを辞めるっちゅう事は二度とラケットを持たへんっちゅう事。
それは、今まで頑張ってきた事を捨てるわけで、自分の功績はともかく皆で重ねてきた練習、思い、想い出までもを置いていくんや。
「ハァ…しんどいわ…」
そない簡単なもんちゃうねん。
俺がテニスに懸けてきた思いは生半可やなかったから。自分の為に、チームメイトの為に、名前ちゃんの為に……
もう全部。全部全部、忘れる。
空っぽの自分になったらええ。
視界が狭まるほど眉をしかめてる俺は、ソレを誰にも見せん様マフラーに顔を沈ませた。
□
翌日、放課後を迎えて俺が鞄を肩に掛けた時、
『部長!!』
「財前、名前ちゃん…」
ガラッ、と勢い良く教室のドアが開いて、そこには名前ちゃんの腕を引っ張って来た財前が居った。
部長、そう呼ぶ財前は物凄い剣幕で俺を見てた。
なんや、文句でも言いに来たん?
『話、あるんスけど』
「…………」
『名前、お前も言いたい事あんねんやろ』
『あ、うん……』
どうせ俺がテニス辞める理由聞きに来たんやろ?
俺は溜息吐いて2人から視線を外した。
「俺は、何も話す事ない」
『は?何ですかそれ』
『…蔵……』
「話したない言うてんねん」
財前と名前ちゃんの間をすり抜けて帰ろうとすると、財前は俺の肩を思い切り掴んできた。
そない力入れんでもええやろ。痛いわ。
『本気で言うてるん?』
「…何をや?」
テニスの話をしてるのか、それとも話が無い、っちゅう事を指してるのか。
多分、両方やと思うけど。
『…蔵、テニス辞めるの…?アタシのせいで……』
それまで黙ってた名前ちゃんは、恐る恐る口を開けた。
そんな顔しやんで。
これは俺の意志やねん。名前ちゃんが気にする事ちゃうから。
「ん。辞める」
『っ、部長!』
「文句ある?俺がどうしようと自由やん」
『そ、そうかもしれないけど!だけどどうして……?』
「…………」
それなりな理由を言わなやっぱり納得してくれんみたいで。面倒臭いなぁ、って思た俺。
そんな俺等の様子を不思議そうに見てた隣の席の鈴木さんを、引き寄せた。
『え!?白石く「(堪忍、ちょっと話合わせて)」』
鈴木さんにそう小声で言うて彼女の肩に手を回すと、名前ちゃんと財前はまた眼を丸くした。
「こういう事」
『こ、こういうって、蔵…』
「分からへん?今まで俺テニスばっかりやったやろ?せやから俺も遊びたいなぁ思て」
『…そないな嘘ついたってアカンわ部長、俺は分かってんねん』
「……分かってる?お前が俺の何を分かってんねや」
『部長は、ホンマは――――、!!』
『!!?』
まだまだ話を続けそうな財前に俺は痺れを切らして、有無を言わさんよう鈴木さんにキス。
名前ちゃんが見てるとか、教室やとか、この際どうでもええ。早く俺を解放して欲しいねん。
今、名前ちゃんを見るんは正直辛いから。
「分かった?俺も盛んっちゅー事や―――……っっ、」
『………』
『く、蔵!光!』
鈴木さんを離して財前の方を見た瞬間、財前は俺に殴り掛かってきた。
綺麗に決まった右ストレートは俺の頬にじんじん痛みを走らせる。
口の中が切れて鉄の味がして気持ち悪くてソレを拭き取ると、
『アンタ最低やわ』
「……………」
財前はその一言だけを吐いて教室を出て行った。
『ちょっと光!待ってよ!!』
すぐに財前を追い掛ける名前ちゃんが教室を出る際に俺の方を見た時、眼が潤んでた事。それに気付きたくなかった。
『白石君、だ、大丈夫…?』
「、大丈夫や、せやけどごめんな鈴木さん」
殴られた跡を心配そうに見てくる鈴木さんには申し訳ない。
ええ様に利用させてしもて堪忍……
『ううん、ビックリしたけど…口、当たってへんから平気やで』
「、さよか」
『でも、白石君の方が平気ちゃうで…そない哀しそうな顔までして、あんな事せなアカンかったん……?』
「……………」
哀しそう、か……
せやな。めっちゃ哀しい。虚しい。
でもこれでええねん……
□
♪〜
その日の夜、携帯が鳴ったと思うとそれは謙也からの電話やった。
「もしもし?」
《聞いたで》
「…誰に?」
《後輩と鈴木さんに》
後輩はともかく、鈴木さん…
要らん事言わんでええのに。
《俺は、そこまでする必要無い思うけど》
「うるさいわ…」
《あんなん財前と名前が可哀想やで》
「…………」
《俺は今まで、お前がしてきた事は正解やと思とる。部活中の練習にしても普段にしても、納得いかへん事はいっぱいあったけど結論的には正解やった。せやけどな、今回は…白石、お前が間違うてると思うわ》
謙也の言葉は俺をザクザク痛めつけてるみたいに響いて。何も言えへんかった。
“お前が間違うてる”
確かに謙也の言う通りや。テニス辞めて逃げる事に解決なんかあるとは思わへん。
「謙也…俺、名前ちゃんが好きやねん……」
《知っとる……》
彼女の喜ぶ顔が見たかった。
彼女がテニスして笑う顔が見たかった。
でも傷つけたのは俺。
彼女からテニスを奪ったのも俺。
テニスが嫌いや、そう言わせたのも俺。
俺が名前ちゃんの前から消えるより他にええ方法なんか思い浮かばへんねん……
名前ちゃんが好きやから、俺は名前ちゃんから離れる。
《阿呆やな》
「え?」
《白石も、財前も、名前も……阿呆ばっかりやわ》
「……お前に言われたないわ」
《あ、雪降り出した》
「雪?」
窓を開けると空から白い雪がパラパラ降ってて、俺の手の平ですぐ消える。
「今年はよお降るな……」
俺の心も雪みたいに溶けたらええのに……
哀しみも虚しさも全部、綺麗に消えたら楽や。寧ろ、俺自身を真っ白にして欲しい。
そして、僕は君を忘れるんだ。
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