snow fall | ナノ


 


 st.12



手を伸ばしても届きそうで届かない雲

手で掴んでも一瞬で溶けて消えてしまう雪


それは君そのものだった





st12.the back







『ひか、る……?』

「…………」



俺が、この場所部長に戻したる…

それが馬鹿な台詞やってことくらい、自分でも分かってる。
何でわざわざ俺がフラれる準備せなアカンのや?



『光、蔵は許してくれるかな…』



せやけどこんな風に泣くアイツを、
あの人の事で頭いっぱいな名前を、



「当たり前や。部長は、そんな人間ちゃうやろ…」

『うん……』



簡単に無視出来るほど肝のでかい男ちゃうねん…

嫌われたない、支えになりたい、そんな気持ちしかない俺。綺麗な言葉に聞こえるかもしれへんけど、逆に言うたら。

臆病で傷つきたくない弱い男。



『名前は、ホンマはテニス嫌いちゃうんやろ?』

「うん…さっきのは勢いでつい、…」

『せやったら、お前は部長が戻って来るまで練習しとったらええ』

「え、光は…?」



不安気に俺のジャージを持つ名前の手に、落ちてたラケットを握らせて俺はアイツの頭を軽く撫でてやった。



「……現部長が、元部長迎えに行く」

『――、光……』

「行って来るわ」



俺が歩き始めると、後ろから小さな声が聞こえた。

“いってらっしゃい”

その言葉に振り向く勇気は無かってん。目頭が熱くて、眼開けておれへんかったから……





  □





部長を探しに行く前に、顔を洗おう思て蛇口を開くと勢い良く水が出た。



「、冷た…」



冬の水は痛みを感じてしまうほど冷たくてヒリヒリする。それは心と比例してしまいそうなくらい。
タオルを持ってなかった俺ははジャージの袖で顔を拭こうと袖を引っ張った、その時。



『ん、』

「…………」

『一応、まだ使てへんから綺麗やで』



真っ白なタオルを突き出してきた部長。



「……どうも」



タオルを受け取って顔を埋めると、ヒリヒリした感じが引いていく。

相手が部長なだけに、変な気分。せやけど何で部長は此処に居てるん?



「部長、此処で何してたんです?」

『別に、お前が顔洗てたん見えたから』

「フーン…」



部長の事やからまた凹んでる思たのに、熱さが無くなってハッキリした俺の眼には元気そうな顔が映った。
意外やわ……

そして俺が部長をテニスコートに戻って来てもらうよう説得しようかと思てると、部長はテニスコート向いて足を進める。



「部長?」

『早よ戻るで。お前が居てへんと部員が皆困るやろ』

「…………」



部長は、俺が迎えに行かんでも戻ってくるつもりやったん……?
さっきの事は気にしてない、っちゅうこと…?



「部長、名前の事、怒ってないんですか…?」



どうしても気になって聞いてしもた。
いつもの部長なら前みたいに落ち込んでるはずやん…

すると部長は、



『……怒ってへんよ』



笑いながらそう言うた。

不意に吹いた強風のせいで、少し長めの髪が顔にかかって部長の表情までもは分からへんかったけど……確かに口は笑ってたんや。





部長と一緒にテニスコートへ戻ると、名前は隅の方で素振りしてて。

名前、そう名前を呼んで部長が居る事を伝えるとアイツは一目散に駆け寄ってきた。



『蔵っ!』

『……練習、してたん?』

『うん、練習しなきゃ駄目でしょ…?』

『せやな』



部長が名前に向ける笑顔は優しくて、やっぱり怒ってへんのやなって思た。
アイツもアイツで安心したような顔してて、俺が入る余地なんか無いって思い知らされてる気分で……



『蔵、あのね、さっきは、その……ご、ごめん……!』

『何で謝るん?名前ちゃんが謝る事は何もないやん』

『で、でも……』

『俺は、何も気にしてへんよ』

『蔵……』

「……………」



もう、俺は必要ないな……

そう思てコートへ行こうと一歩踏み出した瞬間。



『俺、テニス辞めるわ』



さっきよりも強い風がテニスコートを吹き抜けた。

自分の荷物を抱えて帰ろうとする部長は、



『財前、そのタオルは餞別や』



そう、俺に告げた。

次第に小さくなっていく憧れの背中を追う術など、僕は知らない。





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