snow fall | ナノ


 


 st.11



毎日君を想ってた

ただ、君が好きで好きすぎて、
愛を屡次させていたはずなのに


華を散らせてしまったのは僕だった





st11.Scattering flower






昨日名前ちゃんと、グーとグーで交わした温もりがずっと忘れられへんで今も俺は左手が熱かった。


授業が終わって部室へ行くと、既にジャージに着替えて財前と話してる名前ちゃんが居てた。



『名前、日誌』

『残念でした!今日はアタシ日誌書きません!今日からアタシ、テニスするんだっ!』

『え……?』



昨日のやり取りを知らへん財前は驚いてて、名前ちゃんはラケット片手に笑てた。

ヤル気十分やんな。安心したわ。



「今日から俺がコーチしたるねん」

『部長が?』

『お願いしまーす白石コーチ!』



えへへ、と笑う名前ちゃんに俺も満足で。
せやけどオサムちゃんにはちゃんと了解取らなアカン。俺や財前より彼女をよお知ってんのはオサムちゃんやから。



「ええやろ?オサムちゃん」

『まぁ…左手ならええか』

『やった!じゃあやろう蔵!』



帽子の上から頭を掻いて少し考えてたけど、右手に負担かけへんならオッケーや、って。

嬉しそうにテニスコート横のスペースへ走って行く名前ちゃんを見てオサムちゃんは俺の肩に手を乗せた。



『頼むわ、白石コーチ』

「…、分かってる」

『さすがやな』

「なんやねんソレ」

『褒めてやってんねん』

「そらおおきに」



もしかしたら、オサムちゃんが誰よりも1番彼女にテニスをして欲しかったんかもしれやん。

オサムちゃん、今まで名前ちゃんの理解者は自分やったんかもしれへんけど……オサムちゃんが俺を認めてくれてるんなら、それを俺に引き継がせてくれんやろか……?




  □




『蔵、こう?こんな感じ?』

「うん、ええよ」



早速ラケットをフォアハンドで持って横に降る。
初めからボールを打つ事なんか出来ひんから、とにかく素振り素振りで。
1日中素振りだけやなんて面白くないと思う。ホンマはボール使てラリーしたり試合したいはずやねん。

せやけどそんな小言も言わんとひたすら素振りする名前ちゃんが偉いな、って…尊敬さえした。

俺が、今までと同じようにテニス出来るようにしたるから、頑張ろな……






7時を過ぎて、部活が終わった財前が俺と名前ちゃんの処へ来た。



『どうや調子は』

『光ー!部活もう終わり?』

『終わりや。もう7時過ぎてるで』

「財前お疲れ」

『どうも。で?』



やっぱりアイツも名前ちゃんの事が気になってるみたいで。そらそうやな、昨日今日やし。

そんな財前に名前ちゃんは笑ってラケットを振り回した。



『ほら、見て見てこの素振り!様になってるでしょー!?』

『…………』

「名前ちゃん今日ずっと頑張ったもんな」

『うん!光何とか言ってよ!』

『まあ、ええんちゃう?』

『でしょー!!』



よお頑張ったな、くらい言うたってもええのに。ホンマ口下手っちゅうか素直やないっちゅうか……

せやけど財前の顔は心なし笑ってた気がした。
名前ちゃんも財前見て笑てる。わざわざ口に出さずとも、財前の気持ちが伝わってんねや。なんか、そんな空気が羨ましいとさえ感じる俺は貪欲や。ずっと一緒に居ったんは自分やのに。



『じゃあ帰ろうか!』

「ん、また明日頑張ろな」

『帰るんなら早よラケット片付けや』



帰ろう、その言葉で俺は自分の荷物を背負うけど、名前ちゃんはラケットしまう気配なんか無くて財前に急かされる。それでも彼女は、



『いいの!ラケット持ったまま帰るんだもん』



そう答えた。

……、ラケット、持ったまま?



『は?』

『少しでも早く慣れたいの。左手で持つラケットの感覚』

『………』



幸せそうな表情に、俺は心底嬉しなってん。
俺の提案も間違いやなかった、彼女が喜んでくれるだけで、俺も幸せやねん。



『、ほな帰るで』



財前の言葉を合図に、今日はよお頑張った、明日からも頑張れ。その気持ちを込めて名前ちゃんの頭を撫でたのに。



『っ、わわっ!』

「……………」

『……………』



名前ちゃんの頭にはもう1つ手があって、微妙に触れてしもた指先がなんや気色悪い。



『光も蔵も何してんの!アハハ、ウケるー!』

「ホンマあり得へんわ」

『…こっちの台詞やし』



財前も名前ちゃんを撫でてやりたかったらしい。

ハァ……
同じ行動取るとか恥ずかしいわ。

でも、財前もそれだけ本気っちゅうことやねん。



「ほな、行くで?」

『うん、いつでも!』



翌日、素振りも様になってきたし、俺は名前ちゃんにボールを打ってみいへんか、と勧めた。
案の定笑顔で頷く彼女に自分も綻びつつボールを渡すけど、サーブする時に右手使うのはどうなんやろうか…
ちょっと気が引けた俺はボールを戻してもろて上へ投げた。



『よし、どりゃっ!!』

「…………」

『あー……』

「、豪快やな」



大ホームランを叩き出した名前ちゃんは呆然としてた。
うーん、野球やったらめっちゃええ打球やったねんけど残念。まぁ初っぱなから上手くいくはずないんやから、ドンマイやで?



『もう1回!蔵、もう1回!』

「せや、何度でもやろ」

『うん!頑張るー!』



それからも失敗してばっかりやったけど、自分のミスを笑い飛ばしてチャレンジし続ける彼女は綺麗やった。

早く、テニス出来る様になるとええな。俺も願ってるから。



そうして今日は終わって、また明日、俺と名前ちゃんはグーを合わせたんや。


そして次の日も、相変わらずサーブの練習をしてた俺等。



「今の惜しいな、もう1回やろか」

『………』



今日練習を始めて20球打ったとこで名前ちゃんは何時もみたいに笑ってなかってん……
疲れたんやろか…少し休憩しよか、そう言おうと思た瞬間、



『もう嫌!!』



名前ちゃんはラケットを地面に向けて投げた。



「名前ちゃん、」

『嫌だ嫌だこんなの!これだけサーブしてコートに入ったの1回も無いんだよ!?ちっとも上手くならない!』



元々人並み以上にプレイしてた彼女やから、さすがにストレスが溜まってきたみたいで。

そんな気持ちが分からへん事はない。俺は名前ちゃんを励まそうと必死やった。



「まだ練習始めたとこやろ?まだまだこれからやって、」

『違う。やっぱりアタシは右手じゃないと出来ないんだよ。利き手じゃないと……』

「諦めたらアカンやろ…?名前ちゃん、頑張るって俺と約束したやんか。な?頑張ろうや」

『もういい…』

「アカンって、」



そう言って落ちてしもたラケットを拾って彼女に渡すと、俺の手を叩いてラケットはまた地面に落ちる。



『もういいって言ってるの!!テニスなんかしたくないっ!!テニスなんか大っきら――「ええ加減にせえ!!!」』



カラン、とソレが落ちる音がした後に響く俺の声と外壁を殴る音。
滅多な事では怒鳴らへん俺は初めて名前ちゃんに罵声を浴びせた。



「少し、頭冷やしや」

『く、蔵、』

「着いて来やんで」

『、……』



俺が怒鳴った瞬間の名前ちゃんは、何が起こったんか理解出来ひんっちゅう顔してて…
その場を離れる俺を追い掛けようとしてた。

せやけどアカン。
1人になりたい。



「……………」



最低、やな。



「俺何してんやろ……」



彼女を怒ってどうするん?
俺が怒ったからってどうなるん?

名前ちゃんに嫌な思いさせるだけや……



「阿呆、やんな……」



怒るつもりなんか無かった。
力になってあげたい一心やった。


せやけど、

“テニスなんか大っきら――…”

大嫌い
その言葉を聞きたなかったんや……

誰よりもテニスが好きな彼女の口から嫌いって言わせたなかった。

1日や2日で上達するとは思わへんけど、上手くいかへんのは俺の教え方が悪いから。俺の力量が無いせいなんや。



「…俺に、コーチの資格無いわ……」



最後に見た彼女の戸惑う顔が頭に焼き付いて離れへんかった。
俺は彼女との距離を遠くしてしまったと、咲き乱れて散っていった華を見て嘆いた――………





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