snow fall | ナノ


 


 st.10



もし、

僕の望む幸せと君の望む幸せが相容ぬものなら
迷わず君の幸せを届けたいんだ

100億の雪に祈りを込めて





st10.Your desire






『さぁ!今日も1日頑張ろー!』



そう言いながら、寧ろ雄叫びに近い大声を出して名前は部室に入って来た。

今日も1日頑張ろうって。もう夕方やねんけど。

それにしても昨日の今日でこない元気になったっちゅう事は部長と何かあったって証拠やん。
まぁ、俺も何も無かった訳ちゃうしええけど。



「名前、日誌」

『残念でした!今日はアタシ日誌書きません!』



昨日同様、右手を動かされへん名前に左手で日誌を書いてもらおうとソレを差し出すと、チッチッチッ、と人差し指を立てて左右に動かす。

書きませんて何言いだすんやコイツ…
、ちゅうか左の肩に掛けてる鞄は、ラケット……?



『今日からアタシ、テニスするんだっ!』

「え……?」



名前は鞄からラケットを取り出して左で握ると俺に先端を向けてニィっと笑った。

まさかお前、左手でテニスやるんか…?



『今日から俺がコーチしたるねん』

「部長が?」

『お願いしまーす白石コーチ!』

『ええやろ?オサムちゃん』

『まぁ…左手ならええか』

『やった!じゃあやろう蔵!』



レフティ、か。
ええとこ目つけるやん部長。

名前はヤル気満々でテニスコート横のスペースまで走って行く。
とりあえず左手で持つ事に慣れろ、っちゅー訳でひたすら素振りしてた。



『一本取られたな財前』

「別に…」



何時もよりはしゃぐアイツを見てると、いつの間にか後ろに居ったオサムちゃん。煙草を口に持っていくと俺に白い煙を吹き掛けてくる。

んな近くで煙草吸われたら煙たいねん。



『またまたー、お前は白石の位置に居りたいんちゃうんか?』

「……余計なお世話や…」



オサムちゃん一言多いわ。

確かに白石部長が羨ましないって言うたら嘘になるけど。
それでも俺は仮にも部活を引き継いだ訳やし部長として部員をまとめたらなアカン。せやから、アイツがテニスしてる姿見てるだけでええねん。

俺は付きっきりなんや出来ひんけど、遠くからお前ん事見てるから。名前、頑張りや。






『ほな今日は終わり!片付けしたら解散しいや』

『お疲れ様でした!』



7時を回ったところで練習は終わり、俺は名前と部長の元へ向かう。



「どうや調子は」

『光ー!部活もう終わり?』

「終わりや。もう7時過ぎてるで」

『財前お疲れ』

「どうも。で?」



俺が聞くと名前はニヤリと笑って、よくぞ聞いてくれました、やなんてラケットを振り回す。

いや、危ないわ。
顔に当たったらどないしてくれんねん。



『ほら、見て見てこの素振り!様になってるでしょー!?』

「…………」

『名前ちゃん今日ずっと頑張ったもんな』

『うん!光何とか言ってよ!』

「まあ、ええんちゃう?」

『でしょー!!』



実際ボールを打ったら変なところに飛んでいってしまいそうなフォームやったけど、今日初めて利き手とちゃう左を使ってるとは思えへんかった。

やるやん。それだけテニスが好きやねんな。



『じゃあ帰ろうか!』

『ん、また明日頑張ろな』

「帰るんなら早よラケット片付けや」

『いいの!ラケット持ったまま帰るんだもん』

「は?」

『少しでも早く慣れたいの。左手で持つラケットの感覚』

「………」



ラケットを愛しそうに眺めるアイツはホンマに幸せそうやった。
そないな顔見たら、こっちまで伝染するわ。



「、ほな帰るで」

『っ、わわっ!』

「……………」

『……………』



俺が名前の頭を撫でようとすると、反対からも腕が伸びてきて。



『光も蔵も何してんの!アハハ、ウケるー!』

『ホンマあり得へんわ』

「…こっちの台詞やし」



俺も部長も、所詮考える事は同じっちゅうこと。
頑張るアイツにエールを送りたいんや。

翌日、名前は相変わらず張り切ってラケット振り回してた。
もうそろそろボール打ってみよか、なんていう部長の提案でサーブの練習してたけど、やっぱり初めから上手くいくはずなんやなくて大ホームラン。


せやけどアイツは『もう1回!』って失敗したことを笑い飛ばして何度も何度も練習してたんや。

アイツが打って失敗する度に俺も頑張れを何度も心で繰り返した。



それでも、アイツやってただの人間であって強いわけやない。
ラケットを持って2日後、事件は起きた。



『今の惜しいな、もう1回やろか』

『………』



名前と部長を見て、今日も頑張ってるわ。そう思て視線を戻した瞬間。



『もう嫌!!』



アイツの怒鳴る声と、ラケットが地面に落ちる音がテニスコートに響く。

な、なんや…?
急にどないしたっちゅうねん……



『名前ちゃん、』

『嫌だ嫌だこんなの!これだけサーブしてコートに入ったの1回も無いんだよ!?ちっとも上手くならない!』

『まだ練習始めたとこやろ?まだまだこれからやって、』

『違う。やっぱりアタシは右手じゃないと出来ないんだよ。利き手じゃないと……』



ボーッと見てる場合ちゃう、俺は急いで2人の方へ走って行くけど、遅かった―――…



『諦めたらアカンやろ…?名前ちゃん、頑張るって俺と約束したやんか。な?頑張ろうや』

『もういい…』

『アカンって、』

『もういいって言ってるの!!テニスなんかしたくないっ!!テニスなんか大っきら『ええ加減にせえ!!!』』

「っ、……」



俺が2人の元へ着いた時には部長は部室の外壁を殴ってて、初めて聞く部長の怒鳴り声に名前は眼を丸くしてた。



『少し、頭冷やしや』

『く、蔵、』

『着いて来やんで』

『、……』



あの部長が怒鳴るなんて思わへんかった。
それも、名前に向けて……
ここまで本気で怒る部長に言葉を掛ける事も、追う事も出来ひん。

1人取り残された名前にも何て言うてやったらええんか分からへんけど、それでもこのままやアカン……



「名前、お前、」

『蔵が…た…』

「え?」

『蔵が、怒った……アタシが、怒らせた……』

「、」

『どうしよう光…どうしよう……!』

「――――……」



背中を向けてた名前が俺の方へ顔を向けると、その眼から涙がボロボロ零れてて。
俺のジャージを握り締めて、どうしよう、どうしよう、と泣きながら訴えてくる。



「、悪いと思てんなら、謝ったらええやろ……」

『許してくれないよ……アタシ、蔵に甘えてた……蔵なら何言っても許してくれる、って…蔵はいつも笑ってくれるんだって……』

「お前、まさか……」



部長の事、好きなん……?

俺に、もう泣かへんって言うた時から、どんなに練習が上手くいかへんでも泣かへんかったのに……

部長が怒った事がそない辛いんか……?



「…………」

『ひか、る……嫌だよ、蔵に見捨てられるなんて嫌だよ…』



………せやな…。
部長が好きなんやったら、このままやアカンわ……


俺はきゅっと唇を噛んだ後、アイツの頭を撫でた。



『光……?』

「俺が、したるよ…」

『え…?』

「俺が、この場所部長に戻したるから…」

『…………』



せやからもう泣くな。

俺の前では馬鹿みたいに笑といて……





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