06.
『白石…見たで……』
「へ?」
1日の授業が終わって帰ろうかと校舎を出ると、物凄くやつれた様に青ざめた謙也が出迎えてくれた。
何やねんその顔は…新しいギャグなん?ぶっちゃけ突っ込みようがないねんけど。
『ギャグな訳あるかい!見たんやって言うてんねん!』
「せやから何を見たんやって」
『白石のす、すす、すす好きな奴や!』
一瞬この男は何を言うてんのかと思ったけど。あれだけ俺が騒いでたんやから今更お前の好きな子分かったで〜なんてノリやない事くらい安易やし、この驚き様は間違いなく彼女の本性を知ってしもたんやろう。
彼女は普段徹底してるし、俺の前でも例の校舎裏でしかほんまの顔は出さへんのに…謙也も何好き好んであんな場所に来てしもたんやろか…このタイミングやと日傘の話しとか、とにかく言い逃れ出来ひんモロな会話してる時やんか。
俺はひっそり心の中で手を合わせて彼女に謝った。
『し、白石、“儚い彼女”は何処行ったっちゅうねん…!』
「幻想、っちゅうか元より存在してへんかった、が正しいんやろか?」
『うう嘘やろ!?あの時俺の耳には何や恐ろしい悪魔の声が聞こえたで…品定めとか、金とか、老化防止とか、変な高笑いとか!』
「うーん、謙也の耳も可笑しくなかったっちゅう事で良かったんちゃう?」
『何をそない飄々としてんねん!あれがほんまの姿なんか!?俺やって1回喋ったっちゅうのに…羊の皮を被ったモンスターやったんやで!?お前はショックやないんかい!冷静過ぎるお前も悪魔に見えて来て俺がショックやわ…!』
「ちょっと煩いし言い過ぎやで謙也」
確かに驚いたしショックも受けた。何かがパラパラ崩れてく音さえ聞いた。
せやけど謙也みたいに叫び出す衝動には駆られてへん。単に謙也が大袈裟で阿呆でヘタレでヘタレヘタレなだけやねん。
『ヘタレ3回も言うな!』
「大事なところは端折ったらあかん」
『今はそんな事全く大事やない!!』
今日の一部始終を見て察してくれたらええものの、とにもかくにも説明を求む状態の謙也に溜息をひとつ溢して場所をファミレスへと変えてから全て打ち明けた。彼女と知り合うたきっかけから全て。
始めは不可解な顔しながらそれでも頷いてた謙也やったけど、5分もせん内に瞬きもせえへんなったのは言う迄も無い。卑猥要素なんかひとつも無くても謙也には刺激が強かったらしい。
「――っちゅう事。分かった?」
『…………………』
「謙也、カフェオレ零れとるで?」
『し、白石…』
「うん?」
『やっぱりお前も悪魔に心を売ったんか…?まさか名前までけんじに変えるとは思わへんかったで…!』
「……………………」
『いいい痛い痛い痛い!頬っぺたつねんなや!』
ええ加減このノリにも付き合う気が失せて謙也の頬っぺたをそれなりの力で摘んでやった。
『にしてもや、そんなんでよう友達やっとるな白石』
「別に価値観なんや人それぞれやからな。名前ちゃんの生き方が間違っとるって一概には言えへんやろ」
『そういう事やなくて!仮にも1年以上片想いしとる相手やで!?普通ならショック受けて寝込むとか、相手避けるとかするやろ!』
「…ショック、は受けたって言うたやろ?せやけど俺自身一目惚れが苦手やったん謙也も知っとる筈やで」
『それは、』
「勝手に理想描いてそれを押し付ける事はしたくない。それに名前ちゃんやって滅茶苦茶言いながら彼女なりの優しさがあったりするし、それを見てしもたからには受け入れなあかんやろ?」
『………………』
「ま、恋愛ドラマで妄想しとる謙也には分からへんかもしれんけど」
『侑士と一緒にすな!!』
ガラガラ、カフェオレに浮かぶ氷を雑に掻き混ぜながらイマイチ納得出来ひん顔を向けてくる。
そんな顔されたって“儚い彼女”が現れる訳でも無いんやけど。
『…せやったら、』
「え?」
『せ、せやったら、白石は今でも好き、っちゅう事なんか…?どんな性格してても…』
「――――――――」
そんな事、考えてなかった。
今までずっと想って来て、初めて彼女と話しが出来た時は歓喜やった。せやけど彼女は理想とはてんで真逆な女の子で、逐一突発的で驚かされて…せやのに時々遠くに感じて寂しく思ったり、可愛い時があったり。
本当の彼女の一瞬を見る事だけで精一杯やった。好きやから、そういう事やなくて理屈も理由も全部抜きにして、知りたい、見守ってあげたい、なるべくは理解してあげたい。そんな思いやった。
『ど、どうやねん、その辺!』
「……それはトップシークレットっちゅう事で」
『、なんでやねん!!』
だって、今の俺にも答えは出えへんかったから。
(20111111)
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