05.
スーツ姿の検事に成り済まされた翌日、それをクリーニングへ出してから大学に向かうと校門前で日傘を差した彼女が見えた。
「あ、名前ちゃんおはよう」
『今日は遅かったね白石君』
「あー、午前中は抜けてもええ授業やったからテニスしててん」
『ご飯、食べた?』
「まだやけど…あ、良かったら一緒に食べへん?」
『……お昼、買って来た』
「え?」
『昨日のお礼!白石君の分も買って来たから一緒に食べるのは当然でしょ?』
「あ、そっか、それはおおきに…」
『早く行こ』
「うん…」
もしかして午前中の授業の合間、何を言わんとずっと此処で待っててくれた?せやけど彼女は俺の番号知ってるし、偶々携帯が充電切れで使えへんかった、家に忘れて来たっちゅう事もあり得るやんな…
それでももし、昨日の事が無理矢理やったからって引け目を感じてたとしたら罪悪感、罪滅ぼしの意味も兼ねて黙って待ってた、とか。
実際のところはどうか分からへんけど、ほんの少し頬っぺたを赤くした彼女を見たら、理由はどうでもええから彼女の好意を素直に受け取ろうと思った。
気が強いと余計、こういうところが可愛く見えるから。
「あれ、これっていつも女の子が行列作ってるパン屋ちゃう?」
『そうだよ、此処のお店のパン本当に美味しいから』
「まさか俺の為に並んでくれたん?」
『そんな一銭の得にもならない事アタシがすると思う?』
「…………………」
『今日アタシが食べたかったから!それだけ!』
「ハハ、それでも俺は嬉しいで?ありがとう」
『……変なの』
やっぱり何を言っても意地っ張りに見せるのは譲れへんらしい。嘘でも建前でも肯定しといたら大抵の男は騙されるんやけどなぁ。
あーせや、俺は皆が知らへん彼女を知ってしもたからわざわざそんなサービスする必要無いっちゅう訳やな、そらそうやわ…俺やって此処までくれば建前よりほんまの彼女の顔の方が見たいと思うし。
『どしたの急に黙り込んで…美味しくない?』
「ああ、ごめんな、パンはめっちゃ美味しい」
『でしょ!週1は食べなきゃ気が済まないもん!お店買い取りたいくらい!』
「それって…パン屋の為に玉の輿狙ってるん?」
『理由のひとつにならなくもないかな!』
「へえ…せやけどな、前に名前ちゃん言うてたけど、今時の女の子ならお金以外にも格好良い人が良いーとか、優しい人が良いーとか、そういう感じなんとちゃうん?」
『それ自分の事言ってんの?』
「いや、そんなつもりないねんけど…」
『とりあえず顔が良い男はあり得ない』
「何で?」
『何でって、アタシが良い見本でしょ?綺麗な顔してる人って男女問わず腹の底ドロドロなんだからね!ヤリ目だとか、人をアクセや物みたいに品定めしてるんだからあり得ない!』
「そこは自覚しとるんや…!」
『え?何?』
「あははは何でもないで」
そんな事言われると思ってへんかったからつい口に出してしもたやん…なんや彼女と一緒に居る時ってペース崩されとる気がするわ…
これがキャラ崩壊っちゅうやつ?
『白石君だってこんな女だとは思ってなかった訳でしょ?気を付けた方が良いよ?』
「こらこら自分で言うたらあかんやろ」
『本当の事だし』
「それでもわざわざ卑下する様な事言うもんやないで、実際可愛いんやし、俺の分までパン買って来てくれる優しさもあるんやから」
俺はドロドロやとは思わへんよ、そう言うと今度は彼女が調子を狂われたかと言わんばかりに困った顔して俯いてしまう。やっぱり、あんな事言うてても女の子やんな。可愛い、って思う。
「せやけどまあ…俺も一目惚れなんやする事、一生無いと思っててんけどなぁ…」
『でもアタシに惚れた訳だ!』
「自覚ある通りめっちゃ可愛いしめっちゃ綺麗やからな…それに日傘がまた………せや!日傘の理由って何なん?1年中使ってるしそれは肌が弱いんやろ?」
『はぁ?老化対策に決まってんじゃん!春も夏も秋も冬も紫外線はすぐそこにあるの!夏場は日傘差してる子が増えて来たけど外出する時は必須なの!今に見てなさいよ…未来でほくそ笑むのはアタシなんだから!』
「……………………」
それでもやっぱり、ほんまにやっぱり一目惚れなんて幻想やと知らされた。日傘こそはって何処かで信じててんけどな……。
理想と現実のギャップって恐ろしい。せやけどそのギャップがあるからこそ、こんな彼女を見てるのも飽きひんから面白いなぁ、なんて。
そんな事を思ってる間に1人の男が青くなってたのを知ったのは3時間後の話し。
(20111111)
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