04.
嫌やった、そんな訳やないけど半ば強制的に携帯番号を交換したその日、タイミングを狙ったかの様に授業が全て終わった後、俺の携帯は着信を告げる為に振動を始めた。
「今度こそ愚痴なんかな…、もしもし?」
《今すぐ昨日の校舎裏に集合》
「へ?」
《10秒で来て》
「ちょ、名前ちゃん?何やそれ、」
《来てくれなきゃ、嫌いになる…》
うーん。ほんま自分の使い方をよう解っとるなって思う。
強迫紛いな物言いしたって、振り絞った声を聞かされたなら携帯を握ったまま走ってしまう。例え今の俺の気持ちが本気で彼女に向いてなかったとしても、放っておくとか出来ひんって。
『…遅い』
「ごめんな、せやけど10秒は無理でも30秒で来た筈なんやけど」
『それでも遅いの!早く着替えて!』
「え、着替えるってどういう事?」
『いいからいいから早く!』
「ちょ、待っ、ええ…?!」
会うなり理由も聞かされへんまま押し付けられたのはスーツで、有無も言わされへんままタクシーに乗り込んだら向かった先は敷居の高そうな料亭やった。
何で俺がスーツに着替えさせられてこんな場所へ連れて来られたのか。パッと見、容姿だけは男に対して免疫も無さそうな彼女が俺の着替えてる最中、裸を見たって興味も何も無い顔で携帯を弄ってたのが多少なりともショックやったとか。
思うところは多々あったけど、個室に通されたら理由は一目瞭然やった。
『あ、名前ちゃん久しぶりだね』
『こんばんは山田さん、ご無沙汰してます』
『2週間ぶりだね。今日はゆっくり食事を、とでも思ってたのに良い人が見付かったってところかな?』
『山田さんの察しが良いところ好きですよアタシ』
『最終的に嫌われたくないっていうだけのエゴかもしれないけどね』
『それがまた山田さんの良いところですって』
男に免疫無いどころか、彼女は慣れた口調で言葉遊びをしながら小さく微笑む。そうや、今はメモにあった時間で山田次郎さんに会わなあかん日や。
せやけどほんま、上っ面だけでイメージを作るっちゅうのは間違いなんやってつくづく思い知らされる。きっと彼女はこうして何人もの男と出逢って品定めをする様に価値観が一致する人を求めてきたんやろう。
それが頭に過ると少しだけ、静寂を感じた。
『それより彼は何処で拾ってきたのかな、妬けるくらいに色男だけどホストでもやってる?』
「、」
『山田さんってば何言ってるの?白石君は綺麗な顔してるけど検事さんなんだけど』
「!」
『へえ検事か、こりゃ失礼。法廷で君みたいな人を相手するとなると気後れしちゃいそうだね』
『当たり前でしょ?良い意味で、の話しだけど』
『ははっ、参った!こりゃ相当惚れ込んでるかな?』
「………………」
彼女も彼女やけど、相手も相手や。この手のタイプは皆こんな感じなんやろか。恋愛をしとる、恋愛をしたい、そういう事やなくて遊び感覚なそんな感じ。
にしても誰がホストで検事やねんって話しやろ、オマケに嫌味たんまり返って来てしもて。しがない大学生ってバレバレなんちゃうん?
…そらまぁ、断る為に使われたと思えば失笑してまうけど、断る口実で俺を選んでくれたって考えれば少しだけ優越を感じてもええんかな、なんて。
『じゃあ白石君、帰ろう』
「、もうええの?」
『これ以上ここに居ると今度は山田さんの邪魔になるから』
「そうなん?ほな…山田さん…?」
『うん?何かな?』
「何も聞かされず急に此処へ連れて来られたので恐縮して挨拶出来ずに失礼しました。改めて白石蔵ノ介です。次にまた会う機会があるかは分かりませんが、いつどんなご縁があるかもしれませんし、その時は宜しくお願いします」
『、――――…………』
『――――こちらこそ』
本音ではきっと二度と会う事無いわって思ったけど彼女の顔もあるし、一応軽く頭を下げてから外へ出た。
慣れへんネクタイと背広のお陰でこの短時間、変に緊張したなぁっちゅう意味を込めて襟を緩めると、左腕に暖かい体温。
「、名前ちゃん?」
『遅刻はしたけど合格』
「え?」
『さっきの挨拶、ちょっとだけ格好良かった』
「……ほんまに?」
『白石君、顔が良いから立ってるだけで良いと思ったけど…そう思ってたから逆にビックリして』
「そっか。それで惚れたーって言うてくれたらもっと嬉しいねんけど」
『言う訳ないじゃん!アタシが好きなものはお金なんだから!』
「せやんなぁ、クックッ」
『何で笑うの?』
「何でもあらへんよ」
わざわざ頭を捻らさんでも彼女の返答が安易に分かれば笑いも出る。まだまだ彼女の事は知らへん事のが多いけど、じっくり見守ってあげたいっちゅうのは本心やった。
多分、そんな彼女から格好良かったなんて意外な台詞が出て来た所為。
(20111108)
←