02.
「んー…講義までまだ1時間あるんか…」
謙也と昼ご飯を食べたらアイツはもう次の授業あるからと早々に行ってしもた。残された俺は1時間も持て余す事になって無駄な時間やとは分かってても、流石に家へ帰る気にはならへんかったから構内の人通りが少ない校舎裏で寝転んだ。
身体を倒すと地面に落ちてた葉っぱがカサッと割れる音がして。
彼女を初めて見た日は大学に入学してすぐの春やった筈やのに、葉っぱが殆ど無くなって裸になってしもた木を見ればもう1年半以上も経つんやなぁなんて黄昏たくなる。
一方的に見てるだけ、これに不満を感じてる訳やない。好きでそうしてるのは俺であって謙也みたく近付く根性が無い訳でもないんやから。
ただ、今は満足してても、これだけ季節が過ぎるのが早いとなると…。
大学卒業、その時を迎えて彼女を眼で追う事さえ出来ひんなるのが嫌やなって、思った。
あーあかんな、冬やからって感傷的になるのは…そう自嘲めいた笑いを浮かべた瞬間。
『、あっ!』
「痛っ、」
何かが足に引っ掛かった感触。
まあ、何かがって言うても声が聞こえたし人間…大学関係者で間違いないやろう。少し痛かったけど大した事もなければ、こんなところで寝転んでた俺が悪いねん。
直ぐ様、謝る為に身体を起こした。
「すみません、大丈夫ですか?」
『あ、はい…』
「転んで怪我とかしてないです、か――――」
立ち上がって左手を差し伸べると俺の視界を埋めたのは、毎日追い掛けてた、あの、彼女やった。
何で?こんなとこに?浮かぶ疑問はめっちゃあったけど突発過ぎて、目の前の秀麗な顔立ちに瞬きさえ出来ひん。
『えっと…』
「っ、あ、ほんますみません!荷物ちらかってしもて、拾いますから!」
『大丈夫です自分で拾います』
こんな近くで彼女を見るのは初めてで、ふわふわ揺れる髪も、仄かに薫る香水も、ほんまに真っ白な肌も声も、全てが俺を翻弄させる。
可愛いとか、愛しいとか、普段思ってる事なんや吹っ飛んで神秘的とさえ思ってしもた。
せやけど頭冷やして冷静にならなな、こんな場所で俺が寝転んだのも何かの道しるべかもしれへん。このまま見てるだけで終わるな、神様がそう言うてんのかもしれへん。
そう思って彼女が落とした荷物を拾ってると1枚のメモが眼に入った。達筆な字で書かれたそれは明日の日付と時間、それから“山田次郎38歳、四天会社代表△”の文字。
えっと、まさかこれって…
『…ハァ、だから自分で拾うって言ったのに』
「え、」
『だけど人の私物勝手に見ないでよね、断りに行くんだとしてもアタシの価値が安売りされてるみたいで嫌じゃんか』
断りに行く?
価値?安売り?
ちょう、待ちや……さっきの山田次郎っちゅう男を紹介されたけど断る、っちゅうとこまでは説明が無くとも何とか理解出来る。せやけどその後何て言うた?価値とか安売りとか聞こえた気がしてんけど俺の聞き間違えなん…?
『これだから中小企業なんて嫌だったのに!一気にダルくなった!明日もうすっぽかそうかな』
「あ、えっと…名前、ちゃん…?」
『何、アタシの事知ってんの?』
「まあ…ずっと前に一目惚れした、から…」
『…ストーカー?』
「それは無い」
『フーン、なら良いけど』
一応会話は成立してるけど、さっきとは別な意味で瞬きさえ出来ひん。
目の前でふんぞり返る彼女は、俺が長い間想ってた彼女と同一人物なんやろうか。
『っていうかアタシも顔と名前だけは知ってるよ、白石君』
「え?」
『だからお願い』
「、」
『この話し、誰にも言わないで…』
「!」
今度は栗色がかった黒目を揺らして祈る様な声を向けてくる。ああもうその顔でそんな甘え方は反則以上にアウトや。
せや…さっきのは幻や、自覚は無かったけど俺が疲れてるって事やんな。そうやないと、こんな儚い女の子があんな事言う訳――
『白石君。チクッたら刺すよ』
……幻や無いと気付くのに時間は要さへんかった。
桜色の花弁が似合う日傘の女の子は“儚い”と対称的やったと知らされた今日。
俺の心は複雑です。
(20111102)
前にも本性を隠してるヒロインを好きになるというお話を書いたのですが、またまた突発的に浮かんだので第二段という事で…今度は清々しくなるくらい凄まじいヒロインを書いていきたいです、予定です。
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