09.
カツカツカツカツカツカツ。
謙也の首から彼女の手が離れた後、俺は腹を括って事情を説明した。
その間、苛々を見せ付ける様に膝に置いた携帯を人差し指の爪でカツカツと音を立てる彼女に、終始笑顔が引きつりそうになったのは言う迄もない。
『フーン?アタシと白石君の会話を聞いてたなら仕方ないんじゃない?』
「、怒られるって覚悟してたんやけど…」
『べっつにー!』
せやけど苛々してた様子の彼女から出て来た言葉は意外なもんで。
初めて会話した日、告げ口したらぶっ殺すなんて言うてた筈やのに拍子抜けっちゅうか。俺を映す黒目は苛々より柔らかい視線にも思えた。
『アタシだって気さくに話せる相手が出来て調子乗って喋ってたんだから白石君が悪い訳じゃないでしょ?』
「―――、そう言うて貰えたら俺も嬉しいけど…」
『だけどね』
「、うん?」
『この馬鹿タレ謙也に悪魔だとか魔女だとか言われるのだけは許せない!別問題!』
『いい痛い!!急にまた人の頬っぺたつねるなや!!それに俺は悪魔や言うただけで魔女とは言うてへん!』
『今言った!謙也ムカつく死刑決定!』
『んな理不尽な事あるか!』
「なんや意外と仲良しなんやん」
『『誰が!!』』
同じタイミング、同じ台詞、加えて振り向き様まで息ピッタリな2人が面白過ぎて可愛い。謙也に可愛いっちゅう表現は少し抵抗あるけどまあええわ。
「せやけど名前ちゃん」
『なに!』
「謙也って医者の卵やで?」
『(ピクッ)』
「家はどでかい病院で長男やし、医者になれさえすれば将来は安泰っちゅうんかなぁ」
『(ピクピクッ)』
「雇われのお医者さんとは訳が違うと思うんやけど」
『―――――謙也!!』
『な、なんやねん』
『全ての財産をアタシに捧げるならさっきの悪魔発言は聞き流しても良いの事よ!』
『っなんでやねん!あり得へん!お前ほんっっま最低な性格やな!』
『…やっぱり殺す』
『せやから発想が極端過ぎやっちゅーねん!!』
「楽しそうで何よりやわー」
やいやい喚く2人の姿を、最早お爺ちゃん心で見守ってる気分な俺は冷め切った紅茶を啜った。
今日は平和に過ごせそうやなぁなんて思ったけど、現実には有り得へん物語がひとつ浮かんできて。
…もし、俺が裕福な家庭で高給取りの仕事をしてたとしたら。やっぱり彼女は俺にも眼を付けてくれたんやろうか。そして今の様な関係やなく、上っ面の顔しか見せてくれへんかったんやろうか。
『白石!自分は関係無いっ中顔してへんでお前からも何とか言うたれや!』
『それはこっちの台詞!ねえ白石君、よくこんなのと何年も友達やってるよね!』
「………………」
『…、白石?』
「あ、ごめん、何か言うた?」
『別に何でも、無いけど…急に黙り込んで気分悪いんか?』
「俺が健康オタクなん知っとるやろ?そんな訳あらへん」
『それならええけど』
『…………………』
「あー、もう今の授業終わってるやん。次は外せられへんから俺行って来るな!」
『げっ!ほんまや!俺も行くで!』
「名前ちゃんごめんな、またいつでも連絡して」
『う、うん――……』
別に、突き放したとか、冷めた態度を取ったつもりなんかない。
せやけど頭の中では仮定の空想が渦巻いて余裕が無かったのも本音。
――もしほんまに彼女から愛想を振りまかれてたら俺は普通に喜んでたやろう。彼女が好きやったんから当然や。
せやけどそれは今まで俺が苦手と感じてた一目惚れと同じ原理で、彼女の場合は容姿やなくお金やった、それだけ。きっと彼女は容姿も中身も見て見ぬフリして笑うんやと思う。
それが最低なんては言えへんし言いたくもない。でも、彼女と向き合ってる今の俺は彼女を知ってしまったからそれが余計に哀愁やと感じてしまう。価値観を押しつけたくない、受け入れてやりたいって謙也に言うたのは自分やけど少しくらい、お金だけやなくて愛情を知ってもええんちゃうかって…
例えばの話なんやくだらへんけど、その作り話が現実やったなら本当の彼女を知らないままで生きる事に憂愁しか浮かばへん。
それでも、彼女を知ってるこの現状でさえ同じ憂愁を浮かべてしまうのは愛情を知って欲しいと思うのに、俺自身が彼女に向けてた一目惚れこそ偽物で伝えられへんからやと気付いた。
俺は多分、今でも彼女に夢を抱いてるんやと思う。彼女にだって情愛があると。
(20111113)
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