恋理由 | ナノ


 


 10.




結局俺は綺麗事を並べてただけで理想を押し付けようとしてたんかもしれへん。

そう思うと1日の授業は右から左で全く身に入らへんかった。
なんやろなほんま。こんなん言うてたら、彼女を好きで居りたいから理由付けを探してるのと変わらへんやんか。
自分が描いてたもの違う、でも認められへん……プライドの高い独り善がりな男と同じや。


「ハァ…情けないな…」


まさか自分がこんな思考の持ち主やとは思ってへんかったから衝撃と落胆は恐ろしくでかい。過去に一目惚れを否定してただけあって尚更、彼女に申し訳ない気持ちの罪悪感が一気に沸き上がった。
謝罪したいけど、彼女からすれば意味不明な事変わり無いし、それこそまた自分が楽になりたいだけの逃げ道や。せやけどそれ以外どないすればええねん。
そんなグチャグチャな感情を整理出来ひんまま校舎を抜けるとボールの跳ねる音が耳に入った。


「跡部クンや…珍しいな…」


構内に設置されたテニスコートでジャケットを脱いだ跡部クンが軽快にボールを追い掛ける。
せやな、俺もテニスでもしたら少しはこの間抜けな頭が冴えるんかな。羨望の意味を含めてその姿を眺めれば、フェンス越しに居た女の子が視界の隅に映る。

あれって、名前、ちゃん…?

あんな横顔見た事無い。
愁眉やのに全く揺れへんで真っ直ぐな眼をした彼女なんか。
跡部クンと言い合いしてた時からは想像も付かへん秀麗な、横顔。


「……まさか、」


俺の押し付け以前にやっぱり彼女には情愛があったんやないんか?
ほんまはずっと跡部クンの事が好きで、せやけど彼女の性格を知られてるから素直になれへんだけなんちゃうん?
お金が大事、その真意は変わらへんかったとしてもほんまは――


『なにそれ。モーソー?』

「っ!?」

『白石君て乙女系なの?』

「、名前ちゃん!?いつの間に…!」


さっきのさっきまで跡部クンを切な気に見つめてた筈やのに何でやか彼女は俺の背後に回ってた。お陰で確実に心臓が一瞬止まったけど、公衆面前にも関わらず憎悪たっぷりなその眼は……?


『全部口に出てたから。今の気持ち悪い妄想』

「え、いや、そら堪忍やけど、気持ち悪いっちゅうのは…」

『気持ち悪いに決まってでしょ!?何でアタシが跡部なんかを…!嫌だ妄想でも嫌だ!』

「せやけど、」

『アーン?俺様が何だって?』

『出たな!元凶キモ男!』

『きもー?何言ってやがる、てめぇは日本語も話せなくなったのかよ』

『本当馬鹿だよね跡部って…まあどうでもいいけど、アタシがずっと跡部の事好きだったんじゃないかって気持ち悪い妄想してる人が此処に居るんですけど!』

『何だと…?』

「ちょ、名前ちゃん、」


幾ら何でも本人の前でそれは…
跡部クンやってもしかするとって事もあるし、ある意味告白やと取られても仕方ない発言やねんで…?


『白石……』

「、」

『やっぱりてめぇはこの雌猫に洗脳でもされてんじゃねえのか?』


そんな俺の心配を余所に、デジャブと言わんばかりの予想外な言葉がまた繰り返された。


「跡部クン…?」

『良いか、よく聞け。この女はな、初対面の俺様に通帳を差し出して“半分で許すから財産振り込め”って言って来た女だぜ』


……いやいや、そんな、まさか。


『しかもあん時は俺様もコイツもまだ5歳だ』



いやいやいや!まさか!


『当然この馬鹿はシカトしてやったが、仕舞いにはムカつくから慰謝料寄越せなんて言いやがる』

『だって普通にムカついたんだもん、スカした顔と態度のでかさに』

『態度がでかいのは貴様だろうが…』

『あの時から跡部をいつかドン底に突き落としてやろうって思ってたこの気持ちは今でも変わってないんだからね!』


ああ…名前ちゃん……
まさかそんな小さい頃から仕上がってたなんや信じらへん!あの切な気な横顔が憎しみの顔やったやなんて信じられへん!綺麗なだけでそういう風に見えるやなんて!
そして此処まで来ると自分の思い込みが恥ずかしくて泣きたくなるで…?


『勝手に言ってろ。という訳だ白石、滅多な事は口にするもんじゃねえ』

「あー…堪忍な…」

『ちょっと白石君!まさか跡部の味方なの!?』

「いや、なんちゅうか、」

『白石、俺は一応忠告したからな。後は身の安全を考えて適当に雌猫を撒けよ、じゃあな』

『さっさと消えてしまえ阿呆部!』

「はは…」


正直彼女の揺るがない信念には脱帽やけど…
ビックリしたし、とことんやし、露骨やし、言う事遣る事別格やしな。ほんま清々しい気分にさえなれる。
でもそれは―――


「あかんなぁ俺って…」

『なに、急に』

「うーん?俺が最低、っちゅう話し」


―――俺がまた押し付けな夢を見たって事。
しかも今回は自分の中だけでは済まされへん。無意識でも彼女に伝えてしもたんやから。


『最低って、本当どしたの急に!アタシを見てたら大抵の人は優しく見えると思うけど』

「……………………」

『?』

「……俺、な?一目惚れって苦手やった」

『前にするつもり無かったとか言ってたよね?』

「うん。上っ面だけで好きになられてもそんな嬉しないねん。中身を見て、良いなって思って貰いたかった」

『それはモテてたアピールなの?』

「そういう事があったから、自分はしたくなかったんやっていうくだりや」

『……それで?』

「一目惚れって、ただ容姿が好きなだけで偽りやろ?自分の理想通りな内面を浮かべて自己満足してるだけやんか」

『一理あるけど…』

「それを分かってたから嫌やったのに、俺は名前ちゃんにソレをしてしもた」

『、』

「名前ちゃんと知り合うて、想像してた女の子と全然違うタイプで、それでも楽しいからそのままを受け入れるって思っててん!せやのに俺、ほんまは愛情深い子なんちゃうかって、信じてたんや…理想を、押し付けてた…」

『――――――』

「そのままの名前ちゃんと過ごしたいって思ってたのに、さっきも名前ちゃんが言うた通り変な妄想して最低な事してしもたから…」

『………分かった』

「…………………」


自分が楽になる為やとしてもごめん、その一言が言いたくて、上手く伝えたつもりやった。
漸く気付けたんやから、もう一度やり直しさせて貰えたらって、そういう思いやった。

せやけど彼女の返事は、


『白石君がそんなに思い詰めてたなんて知らなかったから、ごめん、なさい…』

「え、」


これっきりするから
酷く乾いた声やった。



(20111113)


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