13,5.
(沖田視点)
朝餉が済んだ後。
巡察前に名前ちゃんに会って癒して貰おうかなぁなんて屯所を1周してみたけど、彼女は平助ね部屋にも広間にも、何処にも姿が見えなくて。まさか右も左も分からないまま勝手に屯所を抜け出したんじゃないかって心配半分、苛立ち半分で屯所に残ってた皆に声を掛けた。
「あ、一君」
『どうしたのだ総司』
「名前ちゃん見なかった?幾ら探しても見当たらないんだけど」
『名前……名前、名前、名前…』
「え、何どしたの」
『名前が、き、きら、名前が、名前が、』
「………………」
とりあえず眼に付いた一君に尋ねてみたけどまるで話しにならない。っていうより気持ち悪いんだけど。僕は彼女の居場所を聞いただけなのに何だって言うの…死相めいた青い顔してブツブツ自分の世界に入っちゃって。こんな一君、初めて見る。
もしかして名前ちゃんと何かあったとか?
『おい、てめえ等道塞いで何やってんだ』
「出た土方さん。ちょうど良いところに」
『ちょうど良い割にゃ随分だな』
「そうですか?普通だと思いますけど」
『はっ!そりゃ総司の普通の基準が他人とはかけ離れてるからだろうよ』
「まあ土方さんと同じだと困りますからね」
『ああ゛?なんだって?』
「もう良いですから。そんなどうでも良い話しは置いておいて、名前ちゃん知りません?ついでに一君が変なんですけど」
『んだと…?アイツ居ないのか?』
広間から自室へ移動してたんだろう土方さんを引き止めれば一君の事は思い切り無視して眉を歪める。って事は土方さんも知らないって訳ね。それならもう用は無いんだけど。
『総司、屯所内の何処にも居ねえのか』
「居ないから聞いてるんですよ」
『くそ…!無いとは思うが不逞浪士に連れて行かれたとかじゃねえだろうな…』
「無い、とは言い切れませんけど…とりあえず僕これから巡察なんで町に居ないか探して来ます」
『分かった。俺も手が空いてる幹部連中に声掛けて直ぐに行く』
「え、土方さんも来るんですか?」
『悪ぃのかよ!』
「別に良いですけど…その必死さが鬱陶しいかなって」
『んだとコラ!もっぺん言ってみろや!!』
「何度でも言ってあげますよ、土方さんて鬱陶しいです。それじゃ行ってきます」
『てめえ待てやがれ総司!!』
土方さんの煩い声が辺りに響いてたけどそんなものは聞こえないフリに限るよね。鼓膜が破れそうなくらい馬鹿でかい声だったけど。そもそも名前ちゃんが居ないって言ってんのに土方さんに構ってる場合じゃないし。羽織りに腕を通した僕は足早に屯所を後にした。
「土方さんじゃないけど、本当何も無いと良いんだけど…」
周囲に聞こえない独り言を吐いて辺りを見回しながら不意に思う。
彼女とは昨日逢ったばかりなのに何でこんなに気になるんだろって。彼女が現れた瞬間、可愛いとは思ったけど惹かれるとは思ってなかった。始め近付いたのは未来から来たっていうあり得ない発言に興味深かっただけなんだけどな。
でも……。
照れた顔見たらどうしようも無く愛しくなっちゃって。それが、きっかけになったのかもしれない。他の男と映ってたぷりくら、だっけ?それ見ても相当腹が立ったし。今僕の眼の前に現れたら容赦無く斬ってあげるくらい。そう思うと誰かを好きになるなんて事は時間なんか関係無く単純で、簡単な事なのかもって柄じゃないけど実感する。
だけどさ、あの調子じゃ土方さんも気に入ってるみたいでしょ。平助だってそう。多分二人だけじゃなくて一君も左之さんも皆同じ。厄介なもんだよね。
「……なんか、むかついてきた」
揃いも揃って一人の女の子を好きになるって馬鹿じゃないの?どうせ僕が貰っちゃうんだから皆とっとと手を引いてくれれば良いのに。
そんな苛立ちを膨らませてるとある男の肩がぶつかった。
「、」
『ああ?お前ぶつかっておいて詫びもねえのかよ』
「ぶつかって来たのはそっちでしょ。君の方こそ謝罪は無い訳?」
『なんだと?そういやその羽織、新選組か!てめえ等には仲間が色々と世話になったんだよ…丁度良い、纏めて詫び入れて貰おうじゃねえか!』
「へえ。刀抜いた事、後悔しないでね―――っ!?」
僕の方こそ丁度良い。苛々してたとこだったし鬱憤晴らせて貰おうか、そう刀に手を添えた瞬間だった。男の背中にある店の中で探してた本人が見えたのは。
それもご機嫌な顔して見知った男に笑い掛けてるなんて…今以上僕を赫怒させるには十分過ぎるんじゃない?
「悪いけど刀使うのは止めたよ」
『はあ?己の非力さに気付いたってか?』
「ははっ。笑わせないでよね」
『、ぶっ!!』
「刀使って加減するより、単に思い切り殴ってやりたくなっただけだから」
刀から手を離して直ぐ様拳を作れば相手の顔面めがけて一直線。見え見えな動きにも関わらず、避けられないで一発で伸びるだとか…ちょっと弱過ぎない?威勢が良い奴に限ってこれだから笑っちゃうんだけど。
「でも笑えないよね」
鼻血を出して道端に転がった不逞浪士の上を無意識に踏み付けて例の店を覗くと、僕の良く知る左之さんという男が赤い顔した名前ちゃんに笑い掛けてる。
何その顔。何その良い感じな雰囲気。
「……左之さん、僕ってガキだから大人気ないなんて言葉は知らないんだからね」
次の食事当番が回ってきた時には左之さんの料理に下剤でも仕込んでおこうと誓って二人を眺めてた。いつこっちに気付いてくれるのか楽しみだよ。
(20101218)
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