長編 | ナノ


 


 08.




「失礼しまーす…入りまーす……」

『そこに座れ』



どうせなら沖田さんでも良いから着いて来てくれたら良かったのに…そう思うざる得ない厭な空気にアタシは早くも土方さんの部屋から出て行きたくて仕方なかった。
改まって話しがある、そんな風に言われると聞きたくない言葉ばっか浮かんでくるし、土方さんのこの愛想もへったくれも何もない険阻な顔を見れば尚更に決まってる。せっかく綺麗な顔してるんだからそれを売りにすれば良いのに…!



「…土方さん」

『何だどうした』

「………帰って良い?」

『今来たばっかだろうが!話しは何も終わっちゃいねえ!』

「ですよねー…」



もしかすると『良いよ』って言ってくれかないかなぁなんて茶目っ気半分に聞いてみたけどやっぱり気が変わったって事は無いらしく。右手に持っていた筆を置いてこっちへ向き姿勢を正す。
あー…これって何だか頑固な父親に説教される直前、若しくは学校1煩い生徒課長にでも捕まったみたいなそんな感じ。土方さんがただのイケメンなら2人きりの空間にドキドキするーって言いたいとこだけどさ…美形と言えど鬼を前にしてドキドキするも何も。別のドキドキでしかない。



『お前さっき襖を叩いたが何だあれは』

「えっと、襖を叩くのもどうかと思ったんだけど…一応ノックするべきかと思いましてですね」

『のっく?』

「部屋に居るのか確認して入りますよーっていう合図みたいな?」

『そうか…』



まさかアタシよりも歳上であろう人にノックの意図を聞かれる日が来るとは微塵にも思ってなかったよ。
顔には出さず心の中だけで失笑してると土方さんは『やっぱり間違っちゃねえ話しだったのか』だとかブツブツ独り言。ねえ、それってアタシが未来人だってまだ信じてなかった的な?それ酷くない?証拠もあれだけ見せ付けたって言うのにあり得なくない?
そりゃ立場上、見慣れない人は疑って掛からなきゃいけないのかもしれないけど。近藤さんは信じてくれたし優しかった―――……、だからこそ土方さんが厳しいって訳なのかな。
まあ、何にしてもこれで信じて貰えたなら良いんだけど。そんな心境なアタシを知ってか知らずか、土方さんは意を決したみたく大きく息を吸って口を開いた。



『単刀直入に聞く。お前が居た世界で新選組はどうなったと文献に残ってるんだ?』

「、え?」

『お前は新選組を知っていたんだろ?』

「そりゃ…」



今じゃ大河ドラマに始まり漫画に映画、時代物の話しはそれなりに人気があるモノだし学校でだって日本史という授業があるんだもん。新選組の名前を聞いた事が無い人なんて居ないと思う。
だからってどうなった、って言われても…人はいずれいつか亡くなるけどそれを容易に口に出来るほどアタシは無神経じゃない。京で活躍して有名になって、だけど大政奉還されて…その後も武士として生きて、終わる、なんて絶対言えない。それが例え皆の望むところだとしても、未来を話すなんて間違ってる。



「アタシは、新選組についてだけ歴史を勉強した訳じゃないし…何百年もある歴史の流れを授業で習っただけだから、詳しい事は知らない…」



それが精一杯の返答だった。



『…確かに言われてみればそうなんだろうよ』

「、」

『何百年の歴史の中で俺達の事だけを徹底的に綴られてる方が可笑しいってもんだよな』



途端、険阻で鬼みたいな空気を放ってた土方さんが、自嘲めいて口角を上げる。そんな顔するとは予想もしなくて、寂しそうで哀感な眼から視線を外せなかった。綺麗過ぎて、心臓をぎゅっと掴まれた様な、気分。



『だが、お前は近藤さんを知ってるんだろう?』

「、うん」

『それは名を上げられた、って事で良いんだな?』

「……新選組と言えば近藤さんで、近藤さんと言えば剣術に優れた、人情深い人だって…」

『そうか…それだけ分かりゃ十分だ』



有難うな、名前。
いつの間にかさっきまでの哀感は消えて、喜悦で埋められた柔らかい眼の色をした土方さんがアタシの頭を撫でる。何でかな。副長が局長を思うのは当然なのに、土方さんの手が暖か過ぎて泣きそうだった。



「っ、土方さん!」

『なんだ?』

「もうひとつ、近藤さんと言えば土方さんだから!」

『は、』

「土方さんの事だってアタシは知ってたよ…」

『………………』

「土方さんも、名前残っちゃうくらい、凄い人なんだよ……」

『馬鹿野郎。ガキが気使ってんじゃねえ』



ゆっくり撫でてくれてた手が不意に乱暴になってアタシの髪はグシャグシャと分け目も分かんなくなったけど、



『それでも嬉しかった、有難うよ』



近藤さんの話しの時と同じ、喜悦を隠さないままで笑ってた。
未だ髪の毛で遊ぶ手は離れなくてグシャグシャにされるのはどうかと思うけど、別のドキドキどろかか本当にドキドキさせられるなんて。やっぱ美人て、狡い。
蝋燭の火が揺れる部屋でそう思った。



「…で、土方さんはアタシを殺す気は無くなったの!?大丈夫なの!?安心しても良いの!?」

『お前な、良い話ししてんのに腰を折る様な事言うな…』

「アタシにとっては重要でしょうが!まさか話しは聞いたしこれから斬るつもりなんじゃ…!」

『勝手に言っとけ』




(20101127)






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