02.

「今晩はここでねろ」
そう言って用意されたのはベッドにサイドスツールと西向きの窓があるだけの部屋だった。どこからか替えのシーツを持ってきて、リゾットはソレをベッドの上に置いた。
「この奥がオレの部屋、通ってきたドアがバス」
トイレもそこだと付け加えた。
「一人で寝れるか?」
「オバケがでたら一緒に寝てね」
昔みたくね、と言うと、あの頃のようにはいかないと頭を撫でられた。
その節くれだった指とか平べったい爪とか、知らない間に大人になってて悲しいような寂しいような気がした。

「ねえリゾット」
「なんだ」
「命の危険とか…」
どう言ったもんかしら、あまりに非現実的な予想が当たりそうで怖いんだけど。聞いていいものか、それとも何も知らない方がいいのか。あぁわからない。
ずいぶんと長い間黙ってしまった私を辛抱強く待ったリゾットに「邪魔だったら出ていけって、いってね」とだけ言ったら、「遠慮なくそうさせてもらう」と控え目に笑って言われた。


しばらく沈黙があってから「名前は?」と聞かれた。
「私の名前忘れちゃったの!?」
「猫のだ」
呆れ顔で言われた。
「あ、あぁ、猫のね、そうだわまだ決めてなかった」
足元にいた黒猫を見て言った。だって愛着わいちゃうし、貰われて行った先で名前つけられた方がいいと思って「美人さんって呼んでたの」と美人さんを抱き上げて言った。
「美人さんか」
さすがなネーミングだな、と言って私の腕から美人さんを取り上げて確かに美人だな、と呟いてた。

「何かあったら、呼べ」
部屋を出るときにリゾットはまた一言。気がつくと午前1時をとっくに回ってた。「ねぇ、ここ動物OKなの?」私は今更なことを聞いていた。

::::::::::

さて、猫の貰い手の次に探さなきゃ行けない物が出来てしまった。自分の部屋よ。荷物が全部粗大ゴミに出されてしまう前になんとかしなくちゃ!まだ越してきたばかりだし、そんなに荷物も多くないけどもないととりあえず困るものね!
相変わらず人の入りの少ない映画館のカウンターで私は物件情報誌をめくってた。とにかくここから近くて家賃も出来る限り安くて猫OKで…、なかなか無いのはわかってる。けど。ページを捲りながら、今朝の事を思い出した。

昨夜リゾットの寝室に忍び込んでやろうかと思ってたのに、私はぐっすりと寝付いてしまい朝方まで目を覚まさなかった。遅刻なんて全然関係ない爽やかな時間帯、あまる時間をキッチンで朝ご飯を作ってみた。いつ起きても温めればいいだけのスープを用意して出てきたけど、食べてくれたかしら。まだ寝てるようだったから起こさずに出てきたけど。

情報誌を閉じて街を見ればとてもよくはれてた。行き交う人も多くある。ぼんやりと見ていた中で、きっと私はまたあの場所に帰ることになるんだろうな、と思った。あんな事を言った手前、出ていけって言われたら従うしかない。一生のお願いを昨晩使っちゃったし、あぁ、頑張らなくては!

仕事を終えて不動産屋さんに駆け込んで2・3件の目星をつけてきた。内見とか、省いたっていい!とにかく、早く探さなきゃ!

かと言っても今日に今日、部屋が決まるわけもなく。先立つものがないから当たり前なんだけど。オーナーに相談して立替とかしてもらったり、いやいやそんな。ペットNGの所で猫飼って追い出されて次の家の資金貸してください、なんて親にも言えやしない!

あぁ、思考が上手く働かないわ!ヒールの音も少なからずしょんぼりしてる。そんな音で今朝出てきたリゾットの家に戻って来てしまった。

ドアの前で考える。
出ていけって言われたら友人の所に行くって心配かけないように明るく言おう!無言だったらスープどうだった?って聞いて、まだ物件が見つからないの、って言ってみよう!居ていいって言われたら抱きついてしまおう!そして昔のように無邪気にキスしよう!
色んなパターンを考えて、よし!とドアノブに手を掛けようとした瞬間、中から人の声がした。しまった!彼女とか考えてなかった!彼女いたらどうしよう!やっぱりメイドですって言おうかしら!
一度決めた覚悟をいとも簡単に粉砕してくれた声にもう一度覚悟を決めてドアノブに手をようとしたら一瞬はやく勝手にそれは回った。そして
「あらら?お客さん?」
アシンメトリーな髪型をした紫のマスクマンが出てきた。

「リーダー!お客さーん」
「お客じゃないです!」
「え、あ!まさかキミが?」
紫のマスクマンは私の極至近距離に近付いて、そりゃあ息もかかるんじゃないかって距離で「へぇー、本当に一般人なんだぁ」と言った。
気持ち悪いなこの人!率直に思ってしまったゴメンナサイ!
「今キミの話で盛り上がってたんだぜ?中に入ってごらん」
手を引かれてリビングまで入り、マスクマンはじゃあ買い出し行ってくるね〜、なんて手を振って出ていった。

リビングにはリゾットに昨日のギアッチョも、他に知らない男が2人いた。どちらさまもなんだか緊張感のある顔をして、場の空気も重くあった。

「へぇ、リゾットの趣味がバンビーナだったとは」
「趣味じゃない」
赤毛の兄さんがリゾットの隣で目を大きくしてた。
「ただいまなさい!」
とりあえず挨拶してみる。リゾットに向けて、他の方々に向けて。リゾットはお帰り、と返してくれたけど他の方々はそりゃあ観察するように私をよく見てた。

「あのね、リゾット」
「家は見つかったか」
さっそく本題か!
「いや、物件は見てきたんだけど、そんなに急に契約出来ないっていうか」
「時間がかかりそうなのか」
「えと、その、時間がかかるってのもそうなんだけど」
「はっきり言えよ」
ギアッチョに言われた。
「その、引越資金を貯める時間が欲しいのよ」

そうか、とリゾットは言った。頷くようにして、考えこんだようだった。
ギアッチョには大きく溜息までつかれた!
「オレは別にかまわねえぜ?」
赤毛の兄さんは笑いながら言った「バンビーナでも女が居た方が潤うからな」、今朝のスープも旨かった、と言った。
赤毛に言われて思い出した。
「スープ!美味しかった?!」
リゾットは食べてくれたかしら!
「あぁ、旨かった」
「赤毛さんじゃないわよ!リゾット、美味しかった?」
「なんでもチーズを入れる癖は取れたようだな」

美味しかったって受け止めるわよ。私の幼い頃の癖なんて持ち出さなくていいのに!でもよかった!
リゾットは少しだけ笑って言ったから、周りの兄さん方が驚いて
「アイツが笑ってやがる…!」
なんて失礼な事言ったの、機嫌がいい私は流してやったわ!


「まぁ座りなよ」
赤毛兄さんがソファの隣を指差して言った。
「ありがと」
自然赤毛兄さんの前とソファテーブルの間を通って行くことになるその位置に、スカートを押さえながら歩いたら赤毛兄さんはヒューッと唇を鳴らした。
「ホルマジオ」
諫めるような声色でリゾットが言えば「リゾットのに手ぇ出したりしねぇよ」と笑いながら言った。

「で、何が問題なんだっけ?」
「此処に出入りすんのが一般人の女だって事だろうがッ」
ギアッチョが言う。
「あぁ、そうだったな。まぁオレは全く異存ナシだからな」
「オレも構いやしねぇが」
やたら美形のスーツの兄さんが言った「気にすることでもねぇだろう」。

なんとなく話が掴めてきたわ。
「今、首脳会議って感じなのね!」
どう、当たってるでしょ!という顔をしたら、赤毛兄さんがケラケラ笑って頭を叩いてきた!
「首脳会議にはちがいねぇな」
スーツ兄さんもフッと気障に笑った。
でもギアッチョには「テメーの事だボケッ!」と大声で言われてしまった。

「私の事?」
「あぁ、全員ではないがメンバーに聞いていたんだ。イチを此処に住まわせてもいいものか」
一応事務所のような感じで使っていたからな、とリゾットは言った。


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