28.

「んん」

喉の調子を確かめて小さく声を出した。ジェラートが精神的ショックだとか、ずっと寝てたからしゃべり方忘れちまったんだろ、なんて言ってたから半分冗談だろうけど半分は当たっているんだと思う。

相変わらずここの人たちは入れ替わり立ち替わりやってきて、くだらない事を喋っていく。私はまだ1日の大半をベッドで過ごしていたけれど、退屈することもなくいた。やっぱり楽しい、けど、こんな形で戻って来たくはなかったわ。


「あとはもう、時間の問題だ」
「ありがとジェラート、お医者さんみたいね」
「報酬はお前さん次第だぜってね」


ふざけていうけど私の回復具合からみても本物なんだと思う。
傷を消毒してもらいながら
「ねぇジェラート」
「んー」
「ジェラートはみんなのケガも治すのよね、すごいわね」
「んなことはねぇよ、オレだってお手上げなのは緊急搬送だ」
「今まであった?」
「まぁ、ないけどね」

得意気にいう。

「まぁ、こんなケガを日常茶飯事にすることもないわよね?」
「んな事はねぇよ?ホルマジオなんかはよく」
「こんなケガをする仕事なのね」
ジェラートは「しまった」という顔をした。みんなは仕事の話を私にしない。だから私も聞かなかったけど、初めて、踏み込んでみた。


「危ないお仕事なのね」
「イチ」
「…」

何も言わないから、私も視線を逸らして「大変ね」とため息と一緒に吐き出した。

「ねぇジェラート」
「…」
「私、いつ戻れるかしら」
「体だけで言えば、退院っつうのは明日で十分だな」
「なら、明日退院したい」

ジェラートは曖昧に笑っている。そうか、とも、ダメだとも言わないから、私はまた小さくため息を吐いた。これ以上仕事を休む理由もないし、ここにいる理由もない。

その時控え目なノックがした。
ジェラートが大丈夫だと勝手に答えてドアが開く。入ってきたのはイルーゾォだった。珍しいわ、彼が一人で訪ねてくることはない。

「具合はどうだ?」
「明日退院よ」
「たいいん?」

ふふふと笑ってジェラート先生がいいっていいの、と言ったら、くだらねぇ、と呟いて手にしていた袋を私の膝の上においてくれる「とりあえず見舞いが間に合ってよかった」。

開くと彩りのかわいらしいゼリーがカップに入り、また同じ材質の透明な蓋に守られてフルフルと揺れてた。フルーツがたくさん乗ってつるりとしてるそれに
「かわいい!ありがとイルーゾォ!食べていい?」
顔をあげたら、どうぞ、と興味無さそうに言われた。

カップを摘んでスプーンで掬うととろけるように光ってる。甘いものなんて久しぶりだわ、一口含んだら、やはりとろけるように喉から滑り落ちて言った。

隣で口を開けていたジェラートにも一匙口にいれてあげると、すぐにイルーゾォに「どこの店?」なんて聞いている。

「…、でさぁ」

幸せに口を動かしていた私にイルーゾォが言う「イチ」
まだオレンジの実を食べていた私は
「何?」
と視線だけあげたら
「イチは、さぁ」
少し言い淀んだように目を泳がせてる。
私はゼリーを口に運ぶのを止めて、顔をあげた。

「イチは、パーティの時にさ」


いつか来ると思っていた話題が、やはり来た。今更っていう感さえあるけれど、それでも熟考したのだろうなと思う。イルーゾォが言葉を選ぶように「喋った覚えがあるやつとか、いる?」。

んー、と唸ってから「それって、重要なの?」。

「重要だから聞いているんだ」
「だって、話たって言っても一言二言よ?」
「それでもいい、覚えている限り思い出せ」
無茶言うわね。だけど、わかっているわよ。
「私を連れて行こうとした男の一人ははっきり覚えてる。両目をキューブに抉られたひとよ」

まっすぐイルーゾォの目を見て言ったら、そうか、とつぶやいて、嫌な事思い出させたな、と片手を上げて行ってしまう。

「待ってイルーゾォ」
ドアを開けかけたイルーゾォが振り返った。
「その話、なんだけど」
「後で話が有ると思う」
だから今は、そう言ってドアをひいた。


ゼリーを口に運ぶことをまた再開した私は珍しく黙っていたジェラートにまた一匙さしだして、ねぇ、と聞いた。

「私また笑っていればいいって言われるかしら」
「言われたらどうする」
「そうね」
うーん、どうしよう。
「しゃべるし泣くし、…考えるわよっていおうかしら」

そう答えたら「たいした度胸だよ」と、最後のオレンジを一房持っていかれてしまった。


::::::::::


ジェラートが退院していいと言った昨日。メローネに頼んで服を一式用意してもらった。かつぎ込まれた時の服は疾うに処分してしまったと言われた。

「よし!」
起き上がって気合いを入れてみた。私元気よ!

「あぁイチやっぱり似合う!」
メローネが用意してくれたワンピースを着て出ていくとやっぱり叫んで抱きついてきた「サイズぴったり!」。

「メローネありがと」
「いいさ、イチが着るように用意したんだから!あ、ブラは?ショーツは?どうだい!?つけてるところ確認させて!」
「うるせぇよ!!」

飛びついてきたメローネがギアッチョによって引きはがされて行く。ギアッチョの拳をくらいながらもそれでもメローネは止まらない「イチ、キミの好みを教えてくれないか!?もっと的確に用意させてくれ!!」。

あたりを見回したらやっぱり馴染んだリビングにキッチンが見えて少し寂しくなった。けれど、そんな感傷に浸っている場合じゃないのよ。

「ねえ、リゾットいないの?」

夜は大抵部屋のデスクのところにいたけれど、昼間はあまり見かけることがなかった。自分の部屋なのに、どこいっちゃうのかしら。肝心なこと聞けないじゃない。
見渡して、答えをまつ。けれどいつまで経っても返ってこない。

「ねぇ、リゾットは?」
「イチ、リーダーにあってどうするつもりだい?」

メローネが静かに聴いた。
ギアッチョも黙ったまま、赤フレームのメガネの奥の三白眼がにらんでる。

「お礼と、あと聞きたいことがあるわ」
「それはオレたちじゃあダメなのか?」
礼なら出直したっていいだろう、部屋まで送るよ、帰ろうか。一気にしゃべったメローネが私の腕を掴んだ。小さな痛みがする。

「メローネ」
「ん?」
いつものように小首をかしげて。
「ギアッチョも」
ギアッチョは黙ったままだったけれど。

「いい加減、私だって知りたいわ」

メローネの掴んだ腕を振り払った。

「…知ってどうするつもりだ」
「知ってから考えるわ」

ギアッチョに告げたらチッと大きな舌打ちをして、その鋭い視線を私によこした。
「てめぇはいつもそうだ」
「…」
「いつも勝手に考えて勝手に結論付けて納得しやがる。それが間違ってても認めやしねぇ」
「ギアッチョ」
「めんどくせぇやつだ」

ソファに音をたてるように勢いよく座って

「今からプロシュートが帰ってくる。リーダーもじきに戻るだろう」
「待ってるかい?」

メローネもソファに腰掛けた。
「そうするわ」
私もそこで待つことにした。

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