27.

次に目が覚めた時はベッドの上だった。見覚えがあるこの部屋、この匂い。

「イチ!」

ハニーブロンドが視界に端で揺れた「イチが起きた!」。

ぼんやりと見渡せば、そうだ、ここリゾットの部屋だ。やっぱり書類が山のようにつまれたデスクしか見えないけれど。

「イチわかる?オレ、わかる?」

メローネでしょう?何言ってんの失礼ね。
言おうと思ったけど私の口は動いてくれなかった。

「……ロ、ゥ」

絞り出そうとしても喉に絡まるように声が出ない。何これ、どうしたのかしら私。もう一度動かそうとしたら、「無理しなくていいから」、メローネに言われた。

いまいち把握できないわ。何があったのかしら。随分長い間休んだ気もするし、ついさっきリゾットに会った気もする。リゾット…?そういえば、何があったんだろう。何が起きたんだろう。

起き上がろうとしたら右脇腹の痛みが戻った。
「まだ寝てなきゃだめだって」
メローネが制して布団に逆戻りするかたちとなった、けれど、痛みは取れないまま。頭もぼんやりする
顔をしかめたら頬に貼りつく何かに気が付いた。触ったらガーゼや包帯や紙テープでどうやら額や首、頭にも巻き付いてるみたい。左腕には点滴まで下がっている。痛みはないけどそれら体につくものの異物感はひどい。

メローネが私の前髪を持ち上げて寂しそうに笑って「痛むかい?」、そう言った。

痛みはお腹の方だけで、他はあまり感じない。首を横に振ったら「よかった」と言った。

ねぇ何があったの?あの時起こった事は何?人間がキューブ型に抉られて、あげくバラバラになったわ。異形の子供だって、あの子はなにもの?

前髪をまだ撫でるメローネに聞こうと思ってもやっぱり声がのどに絡んで出やしない。もどかしいわね。

その内にジェラートにギアッチョが部屋に駆け込んで来た。

「イチ!」
ジェラートがベッド端で「意識が戻ってよかった」、と言った。意識?私何かあったのかしら。大丈夫よ、あれからちゃんと食べてるから元気よ?、今は声が出ないだけよ。

ギアッチョは何も言わないで私を見てた。やがて見てから、手を伸ばして髪をぐしゃぐしゃとまぜて「死ななかったな」とつぶやいた。包帯崩れなかったかしら。さすがに死ぬかと思ったけど、やっぱり簡単には死ななかったわ。ギアッチョは私なんかすぐに死ぬって言ったけど、案外生きてるものね。笑いたいけどガーゼが邪魔して頬が引きつってうまく笑えなかった。

メローネの方を向くと困ったように笑って「あの時気付かなかったらと思うとゾッとする」そう言った。
私もよ。あの交差点でメローネが居なかったら、私は今此処にいないわ。この世、かも知れない。携帯いじるのは感心しないけれど、本当に助かった。

私は手を伸ばそうと布団の中から右腕を出したら、やっぱり大小問わず傷があって肘あたりが青黒く痣になっていて、あの時の激痛を思い出した。何かに引っ張られるような、まるで釣られるような感覚だった。そして手首に残る縄の跡。
メローネが手を取ってくれて、その跡や痣をなぞってくれた。

「…り、と」

やっと喉が動き乾いた唇で無理にしゃべる。
「何?」
「あり、と」
一言なのに大変だわ!
私の唇に耳を寄せて聞いたメローネが顔を上げて、やっぱり困ったように笑ってた。


::::::::::

私はまたすぐに寝てしまったらしかった。あまりはっきりとは覚えていないけれど、痛み止めだとジェラートに言われた点滴を左腕に差したら、眠気がやってきて落ちるように意識を無くした。

それからどれくらいたったかわからないけれど、次に目を覚ましたのは夜の事だった。

あたりを見渡せばデスクの椅子に誰かいる。腕を組んで、首をもたげて寝ているみたい。
暗闇に目を凝らせばリゾットだと知れた。ごめんなさい、私がベッドを占拠してるから、寝る場所ないのね。毛布だけでも掛けないと寒いわよ。
動く右手を使ってなんとか毛布だけでもやろうとしたら、やっぱり気が付いたらしく、起こしてしまった。頭を上げて、目が暗闇でも合ったのがわかった。

「あまり動くな」
「って、…ぃ」

また声がのどに絡む。ダメね、声が出ないわ。息を吸うとまたひきつるような痛みが合った。

「…」

リゾットは私を見てたけど何も言わなかった。安心した。だって、みんなが居るみたいなんだもの。

助けてくれたのよね。みんな、どうやって追いついたか知らないけれど、あの場所で何が起きたか全くわからないけれど、不思議な事だらけだったけれど、私はみんなに助けてもらったのよね。

「…ット、あり、と」

絞りだした声にリゾットは不快そうな表情をした。

「礼を言うな」
「…」
「オレの落ち度で巻き込んだんだ」

目をそらしたリゾットが珍しく眉間にシワを寄せている。悔しそうな声色で、しゃべっている。

首を傾げたら、ちょっとだけこちらを見て、また眉間にシワを寄せた。

「まだ熱がある。寝ていろ」

それ以上、リゾットは話してくれなかった。



:::::::::::

どれくらい時間が経ったのかしら。確実に1日は経っているわよね。私、仕事行かなくちゃ。

起き上がろうとしたら、今度はジェラートにリゾットが居た。ジェラートはびっくりしたように目を丸めて、「おいおい安静にしてろよ」そう言った。

安静にしていろったって、痛みはだいぶ小さくなったわ。きっとあとは引いていくだけよ。

やっぱり起き上がろうとしたら掛かっていた布団をあげられて押し戻された。そしてそのままジェラートに服をめくりあげられた。この服誰の!?その前にジェラート遠慮無さ過ぎだわ!いきなりなにやってんのよ!リゾットも見ていないで止めてよ!

思った時には遅く、でもジェラートは「治療だ」と構わずに体に触れてくる。冷たい手が脇腹をなぞった時、強く押された。

「ッ!」

息を飲むくらい痛かった。もう一カ所同じように押されて、やはり同じ痛みが襲った。

「左の肋骨が2本、いってる」

は?

「内臓に損傷がなくてよかった。肺に骨が突き刺さってたらオレじゃあ治せなかったぜぇ?あと左肘上と左鎖骨にヒビ、頭には2カ所裂傷と顔面・頸部に擦過傷、あぁガラスは入ってなかったぜ。あと口内も切ってたな。それと右腕に内出血が広がってやっぱり傷、が、えと、何個だったかな。たくさんだ」

つらつらとジェラートは語り

「あと両手両足に縛られた痕が残っている、が、まぁこれはその内消えるから安心しな」

そう言った。

「痛かったろう?」
頷いたらヒヒヒと笑って「よく頑張ったな」と頭を撫でてくれた「頑張ったご褒美に全身打撲もプレゼントだ」。

嬉しくないわよ。
だけど、笑ってしまった。


「…ラァート」

だいぶ声が出るようになった。呼んだら「ん?」と向き直って、服を下ろしてくれる。
「しごと、行、かな、…と」
かすれていたけれど、大分まともに声は出るようになった。
けれど。
「バッカイチ、おまえ仕事行く気なの?2日も熱で目ぇ醒まさなかったんだぜぇ?」
やっぱり目を丸めたジェラートに返される。

2日!?
じゃあ今日で3日目!?
3日も無断欠勤!?


それこそダメよ!家に続き職まで失ったら私どうやって生活すればいいのよ!?


「大丈夫だって、事故って療養中だって事にしてあるし、法規的にゃあ心配ねえよ」
だから安心して治せ、とジェラートは言う。
ジェラートの後ろにいたリゾットも頷いて「今は傷を治すほうが重要だ」そう言った。

そんな事言ったって。

しゃべろうとした私にジェラートは「痛み止めと熱下げと」、そういって液体を私の体に流し込んできた。無理に動かした喉で、飲み下すと苦味が広がってきた。
水分を得たことで、乾いていた喉も潤った気がした。

「みず、飲みたい」
かすれてる。
「ああ、いいぜ、できるだけゆっくり飲め」
背を支えるように起こされて、カップにそそいだミネラルウォーターをもらった。水がこんなに美味しいなんて思わなかったわ。

「イチ、」
「ん?」

リゾットに呼ばれて顔を上げたら、支えてくれていたジェラートが立ち上がって「オレ、腹減ったから飯食ってくるわ」と部屋を出てしまった。デスクの椅子をベッドに近づけて座っていたリゾットが「痛むか?」と聞く。薬も利いてるし、大した痛みは今はない。首を横に振ったら安心したように、フッと息を吐いたのがわかった。

言いたいことに聞きたいことは山のようにあるけれど。
かすれた声のままじゃあまだ聞けないわ。

「イチ」
もう一度名前を呼ばれて、顔を上げたら
「すまなかった」
無表情に、リゾットが言ったから

「もう、いらない」

とカップをリゾットに押し付けて、ゆっくりと、また横になることにした。

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