29.

やがて3人で黙っていたらメローネが沈黙に耐えられないように「イチはさぁ」、そのハニーブロンドを指に絡めて視線をそこに置いたまま、声をあげた。

「何?」
「もしまたここに居ていいって言ったら、どうする?」

…どうしようかしら。状況が変わってしまったわ。

「前は、楽しくって、みんなが大好きだから居たかったけど」
「大怪我させる連中なんて、嫌になったかい?」
「みんながしたわけじゃないでしょ?」

言ったら「まぁ、実質は違うがな」、メローネが視線をあげてきた。

「私、寝ている間、ずっと考えたのよ」

ギアッチョがやっぱり視線をあげてその三白眼を鋭く私に向けた。

「なんでこんな事に巻き込まれたんだろうって。ずっと考えた。私の考えだからきっと外れているだろうけど」

聞いてね?そう一度きった。
二人は何も言わないでいた。

「キューブ型に分解された男が言ったのよ、あんな奴らに関わらなければこんな事にならないのにって、あんな奴らって心当たりは全くなかったけど、行き着く先は、ここしかないのよ」

私には信じられないけどね、と付け加えた。

「それに、この前死んじゃった政治家の名前をあげて恨むならアイツを恨めって。なんでだろうって、思った。恨んだって、何もないと思ったし、接点もないと思っていたのよ。だけど、一つ思いついたの」

ガタンと玄関がなってプロシュートが帰ってきた。一緒にホルマジオもいる。プロシュートは私を視界にいれるとやはりそのキレイな顔にしかめて何か言いたそうだった。けれど私は続けた「パーティの時、プロシュートが居なくなった間にあの人は亡くなって、私はそのプロシュートの身内のフリをしていたんだって」。

「イチ」

珍しくプロシュートが私の名前を呼んだ「てめぇ、何を知っている」。

首を横に振って「何も知らないから全部憶測よ。死因は心不全だから誰かが手を下したなんて思いたくないけれど、そう思ったら、それしか考えられないんだもの!」

「イチ、」

ホルマジオが制するように言った「しょうがねぇな」。

「リゾットも直かえってくる、そしたらその考えを全部言え」
「ホルマジオ、」
「ったく、だから笑ってりゃあいいっつったのによぉ」

ギアッチョの横のソファに腰かけた。プロシュートもメローネの横に腰掛けて、黙りこんだ。

本当はすぐにでも否定して欲しくて、そんなの偶然だって言って欲しかった。疑うなって。でも、何も言わない。無言は時には肯定になるのよ。

「オレは、さぁ」

メローネがやっぱり沈黙を破った。

「はっきり言ってイチはさっさと出ていくと思ってたよ。男ばっかり9人もいるむさ苦しいとこに女の子がいるもんじゃあない」
「…」
「だけどイチはそこに居て、尚且つオレたちのこと、好きとまで言ってくれた。バカだよな」
「バカってひどいわね」
「バカだよ、相当な。バカってのは始末がわるい」

フッと笑って、その細面を崩して「バカな子ほどかわいいってのもあるが」そう言った。

「私、ここにいる間、本当に楽しかったのよ。仕事から帰るのだって待ち遠しくて、今日は何作ろうってよく考えてたわ」
「イチの飯は旨かったから、最近じゃあソルベ以外の料理がひでぇぜ」
ホルマジオがちゃちゃを入れて、メローネが「そうなんだよな」と笑った。

「憶測は疑心暗鬼になる」
プロシュートが言った。「あれほど此処を離れたくないと言ったヤツが今ならどうだ」
「今は、わからない」
「2択なんだぜ、答えてみろ」
その細い顎を動かしてしゃくるようにした。
「…今、は」
メローネがじっとみてる。


「今は、みんなが怖い。でも一人になるのも、怖い」


言ったら、ホルマジオがふっと笑った「報復ならないと言い切ろう」。

なぜ言い切れるの。次はこんなにわかりやすく来ないかもしれない、事故のように見せかける事だって無差別殺人の一環にだって、私なら巻き込めるでしょ?でも、いいきるのなら、その自信はどこから来るのよ。

「それって、みんなが」

報復をするような人たちを、消したって、事、なんじゃあないの?

言いかけて、言葉が止まった。だって言いたくないこんな言葉。

黙ってしまった私にプロシュートはハンと笑った。



::::::::::

やがてしてからリゾットが帰ってきた。リビングで沈黙する私たちをみると少し眉を寄せて「どうした」と言う。プロシュートが「話がある」と告げたら、リゾットの背からいつかのロマンスグレーが顔を覗かせた。途端に、みんなが立ち上がって一礼し、ソファをあけた。何!?エラい人なの!?つられるように、私も慌てて立ち上がろとしたら

「あぁいいよ。イチさんもう大丈夫ですか?」
ハットを取りながら言う。なんで私の名前知ってるの?

「…えぇ」
「それはよかった。シニョリーナのお顔に傷が残ったらと心配していたのです」
綺麗に癒えてよかった、もう一度言い直した。
私の正面のソファに腰を下ろしてロマンスグレーは言う。
「今回は巻き込んでしまった事、大変遺憾です。全責任は私たちにお任せください」
全責任て、なんだろう。
「イチさんに加えられた危害は失礼とは思いますが賠償という形で責任を取らせていただきます。それとこれからの安全もお約束しましょう」
「はぁ」
「心配ごとなど、ありませんか?」
「はぁ」
「わかってんのかテメェは」
ギアッチョの声が届いたけど。
「何が何だかわかんないわよ…」
私が呟いたら、鷹揚に笑うロマンスグレーが目を細めて「私たちはギャング組織・パッショーネの者です」。

「パッショーネの幹部の方だ」
「オレたちの直属の上司にあたる」

リゾットとプロシュートが代わる代わる言った。
やっぱり上司なのね。どこの社会も上司には逆らえないのかしらね。そんな事思ってしまった。

「パッショーネ…?」
「詳細は伏せさせていただきますが、組織同士の諍いに巻き込んでしまい、申し訳なかった」
もう一度深々と頭を下げてくれる。
なんて紳士的なおじさんなんだろう。皺一つないスーツに揃いのハット、胸元のキレイな赤のスカーフにピカピカしてる革靴。
「ギャング…?」
アルカポネとか?ゴッドファーザーとか?そういう世界なのかしら。
「えぇあまり表立った事はしていませんので馴染みはないかと」ニコニコ笑いながら「その構成員なのです」、至極あっさり言ってくれた。だから私も「あぁギャングなんですか」、あっさり返したら、ギアッチョに「わかってんのかテメェ」と怒られてしまったわ。

わかってるわかってないっていうより、ギャングってのが目の前に居ることが不思議だわ。というか、みんながギャング?メローネが?ギアッチョが?リゾットが?あ、プロシュートにホルマジオはなんとなくわかるかも!

みんなの顔を見渡したらやっぱり曖昧に笑ってしまってギアッチョに頭叩かれたわ「何笑ってんだッ」。

「だって!」
「だってじゃねぇ!」
「いきなり言われたって!」
「いきなりも何もねぇ!テメェだってなんか考えてたっつったろ!どうせ近ぇこと考えてたんだろ!」
「全然近くないわよ!外れてよかったわ!」
「何々!?外れちゃったの?イチは何考えてたの?」
楽しそうにメローネが割り込んで来て、ギアッチョも
「どうせくだらねぇこと考えてたんだろォが」
笑いながら言った。よかった、なんだかいつもの空気に戻ったわ!だから私も笑いながら

「私はみんなは殺し屋みたいだなって思ってただけよ!」


ギアッチョの笑いが止まった。


「…、イチ」

メローネが口元を歪めながら、小さく呟く。
何?何よ!ギャングのほうがまだ合点がいくわよ!私の馬鹿げた思考が引っ張りだしたフィクションの中の職業なんて笑い飛ばせるくらい現実的だわ!

「な、なによ」

止まってしまったみんなを見渡して、でもなかなか動き出さないから、私だって困ってしまったわ。

「…なんか、言ってよ」

いつもみたいに思考回路を説明しろって言ってよ。そしたらちゃんと答えるから、バカだなって、言ってよ。
みんなの顔を見て、おじさんの顔をみた。やっぱりニコニコしていて、そのままの顔で腰を上げた。
「あとは、リーダーに任せましょう」
今日はお見舞いのつもりだったがイチさんが思いの外元気そうでよかった、お邪魔しました。そう言って、玄関に向かう。またみんなが立ち上がって一礼をした。私は立ち上がれなかった。
リゾットが玄関まで送って帰ってくる間も沈黙になってしまった。帰ってきたリゾットが後ろから私の頭をぐしゃぐしゃと混ぜて「ふむ」と言った。

「ずいぶんと、想像力豊かになったものだ」

「でしょう!?」

その時は言葉通りに受け取ってしまって喜んでしまったけれど。


ふいに思いだした。
そうだ、パーティの前に言われた言葉。
もしかして、それって。

「…リゾット」
「どうした?」
「私、…視力、いいのよ」
「現実が見えるほどにな」

今度は優しく、髪を梳くように頭を撫でられた。

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