25. 約束の日、約束の公園に行ったら貰い手の方は初老の夫婦で見た途端になんてかわいいらしいと猫を抱きしめてくれた。よかった。きっとこれならいじめられ事もないだろうし、あの子は幸せに暮らせるわ。聞けば一軒家だと言うし、いっぱい走り回っても大丈夫ね。窮屈な思いをさせることもないわ。これから大きくなるんだもの、広い場所は気持ちいいわよ。 「とっても美人でしょう?、頭もいいんですよ」 「たくさんかわいがってくださいね」 最後に一度頭を撫でたらにゃあとないた。さようならって言ってくれてる気がした。 初老夫婦と別れて、よく晴れた午後の空の中、行き先を失ってしまった。どこにいこう。あまり白い部屋に帰りたくない。買い物する用事もない。とりあえずベンチに腰をかけて、ぼんやりとした。あの1ヶ月はぼんやりする暇さえなかったわ。 楽しかった。猫も一段落ついたし、今度こそお礼を言いに行こう。ちゃんと笑顔でありがとうって言いに行こう。リゾットに会いに行こう。 しばらくぼんやりしてから立ち上がって、部屋に向かった。 帰りにガス入りのミネラルウォーターが安く売っていたから、まとめて買い込んでみたわ。 :::::::::: さすがに買いすぎたか持つ手が痛いわ。やっぱりここにも多い路上駐車の車を見ながら路地を渡り、私はポケットに入れたキーをやっと引っ張り出した。そしてドアにやってきて差し込んだ。けれど、手応えがおかしい。軽い。いつも通りにガチャンと言わない。 …空き巣? 盗るものなんてないわよ。 少なからず緊張してドアを開けた。中は、いつものままで、散らかったりとかしていない。人もいる様子もない。 私、鍵をかけわすれたのかしら。しっかりしないと。 一歩足を踏み入れて、あたりを見渡した。 やっぱりなんともない。もう一歩。猫が使っていた水飲みにパンプスが当たってカチンと音を立てた。こんな場所に置いたかしら。 後ろ手にドアを閉めて、しゃがんでソレを取ろうとしたとたん、首に何かが巻き付いてきた! なに!?ギリギリと締め上げられる! 空き巣じゃなくて強盗だったの!?痛いし、苦しい! とにかく手に持っていたミネラルウォーターを振り回したら人に当たったらしく、ゴトゴトと鈍い音が何回かして首の圧迫から逃れる事に成功した!にげなきゃ!振り返って人を確認しようと動き出したけど ゴドッと鈍い音がして、衝撃が自分の後頭部にあったと、意識がなくなりながら、思った。 :::::::::: 振動で目が覚めた。後頭部が痛い。きっと、何かで殴られたんだわ。ギアッチョってきっと優しく殴ってくれていたのね。今だからわかるわ。 私はどうやら後部座席に寝かされているらしい。両手は後ろで両足も一つに縛られて猿ぐつわまでされている。 何が起こったのか理解できない。私こんなさらわれるような事したかしら!映画の中みたいだわ!でもどうしよう、こういう展開ってかなり危険なのよ! 運転する人と助手席にのる人、後ろには誰もいない。私、かなりこれ危険状態よ。状況把握なんて全く出来ないけれど、なんとかしなければ。でも、しなければならないけど、怖くて、だって、私はまだ死にたくない。 私が目覚めた事に気が付かない二人は何か愉快そうに話している。なるべく物音を立てないように外を覗いた。走る景色をみながら、町並みや看板、目印になるものを必死に探す。ここは、映画館がある通りをずっと北にでた交差点。知っているわ!まだそんなに遠くに来たわけじゃあない! 当たり前だけどロックされたドアは両手両足に口が使えなくて開けられるわけない。だけどこのまま更に遠くに行かれるのは困るわ、まだ土地勘があるうちに、なんとか脱出したい。したい! 幸いこの通りは往来が激しい。信号で止まったりすると何車線かあるから必ず横に車がつく。助けを求めるべきならその場しかない。走ってる最中なら、命の危険は格段にはねあがる。いつかリゾットに言われたわね、命の保証はしないって。けれどあの部屋にいなくったって命の保証も何もないわよ!一人暮らしに戻ったってこれだもの、交通事故に遭う確率のどれほど高いことか! チラリと前をみた。まだ前の2人はお喋り中でやはり交通量の激しさからあまりスピードが出せずにいるらしい。そのまま暢気にしていてね。 そっと顔を上げてみる。交差点の手前の信号で止まっている。どうしよう、隣の車の人気が付いてくれるかしら!どうやって気づいてもらおうか! なんとか顔を窓の下部にくっつけて隣を見たとき、思わず声が出そうになった。 息を止めて、もう一度見る。 やはりそう、間違うはずない!そのアシンメトリーな髪型趣味の悪いマスクに大型バイク! メローネ!! 気が付いて!! どうしよう、どうやって知らせよう!アンタ信号で止まっているからって携帯見てるんじゃあないわよ!てかヘルメットかぶらないの!?今だけありがとうって言うけどね!! 私はとにかく今のチャンスを逃したら行けないと思った。このチャンス以上にチャンスはない。知り合いならこの異常な事態がわかる!なんとかメローネに知らせないと!気が付いてもらわないと! 前の二人はまだしゃべっている。頭をぶつけたって窓は割れそうにない!何かないの!信号が変わっちゃう! 運転席に座る男にこの際気が付かれてもいいと思い上半身を起こして後ろにある手でパワーウィンドウのロックに触れた、小さな機械音とともに、窓がスルスルとさがっていく。けれど事態の異変に気付いた二人はが振り返ってしまった。すぐに胸元に手を突っ込み運転席の男はためらわずに、発砲した。 やっぱり!! 持っているわよね! 冷や汗が流れた。 背中が冷たい。 幸いに私の肩より上にそれていくその発砲された弾は窓ガラスを粉々に砕いてくれた。こういう光景、映画でみたけど、案外発砲音て小さいし、近いと硝煙くさいものね!砕けた窓ガラスが弾けて顔や体にぶつかってくる痛い!でもためらっている場合じゃあない!私はそこら中が切れるのもお構いなしに窓から顔を出して、発砲音で向き直っていたメローネに叫んだ。 声になってないけど! わかってメローネ! 一瞬目を丸くしたメローネがわかった。けれど私はまた、今度は頭上を殴られて、額に暖かい血が流れてくるのを感じながら、また意識を手放した。 |