12.

その日から私は数日連勤となった。職種?が違うんじゃあしょうがないけど、生活リズムの差からリゾットは朝は大抵起きてこない事、ただ夜はリビングに誰かしら居て、一緒にしゃべっているか、部屋に閉じこもっている事がわかった。つまりはあんまり2人っきりという事がない。

「ただいまぁ」

その日はマーケットに寄って帰ったから、21時近くになってた。外から見たら、電気は点いていたのに玄関を開けても返事はなく。
「ただいまなさい!」
もう1回大声を出したら、奥からやっとメローネが顔を出したてきた。
「待ちくたびれた」
普段の紫マスクは取って、そのアシンメトリーな髪も一つに結わえてる。雰囲気が全然違うわ。きっと眠そうなせいも有るんだろうけど。

「メローネ、どうしたの?」
「んー」

けだるそうに返事をしてから「リーダーから伝言があって」待っていたんだ、と壁に寄りかかって言った。

「何?」
「なんだと思う?」
「検討もつかないわ」
まぁサッカーを見に行ったとか、誰かの誕生日パーティに行ったとかじゃないわよね?と笑って言えば、それは当たってると楽しそうに返された。「で、何?」
「今日は帰れないって」
頭まで壁によりかけたメローネの表情は逆光でよく見えなくて。
「あ、…そうなの」
拍子抜け、っていうのかしら。メローネの横をすり抜けてキッチンに入り買ってきた食材を冷蔵庫や棚に詰めながら、少しだけ重い息を吐いてしまった。

「そんなに落胆した顔するなよ」
「落胆なんて」
したつもりはないけれど。
「リーダー居なくて寂しい?」そういうとキッチンまで追いかけてきたメローネは私の肩に手を置いて「今晩は一緒にいようぜ?」と言った。楽しそうに笑ったまま、小首を傾げて、ん?と問うように。

「は?」
「先にシャワー?あ、夕飯から?」
「いやいやいや、ちょっと待って?!」
「オレはどっちでもいいけど、あ、やっぱりイチの後のシャワーがいいから、先に汗流しておいで」
「あとでいいわよ、ってメローネ、どうして?」
「どうしてって、そりゃイチのシャワーの後の方が匂いとか毛とか残ってるだろ?」
「気持ち悪っ!じゃなくてなんでメローネ、今晩居るって!?」
「あぁベネ!もっと本気で言っておくれ!」

なんでそんな満足そうな表情してるの!話が通じないわ、この変態さん!一度言葉をきってから、至近距離にいるメローネに

「ねぇメローネ、」

もう1度、今度通じなかったら止めようって思ってたんだけど。

「イチと居たいからさ」

真面目に返されてしまった。

え、と。それは。
「どういう、…」
意味なんでしょうか。
え、…!?言葉通りに捉えていいんでしょうか!困るわ!メローネのことまだよく知らないのに!あぁでも知る機会なのかも知れないけれど、あぁでも!どうしたらいいものかと、とにかくすぐ近くにあるメローネの顔を見てたら、メローネはグリーンの瞳だったんだなとか柔らかい髪の色だなとか、思ってしまった。その思考に気がついてから、急に恥ずかしくなってきた!意識してしまったのかしら!相手は変態さんよ、あぁよく知りもしないのに失礼なこと言ってしまったかも!ごめんなさい!

そんなこと考えていたのに、黙ってしまった私の顔を覗き込んだメローネはニヤリとしてから「本気にしたろ?」と、言った。

「なっ?!」
「イチ、悩みすぎ。笑える」

私の肩から手を離して、耐えきれないっていうように肩を震わして。
うわ!からかわれた!
「悩んでなんかないわよっ!」
思って返せば「本当に?」なんて。

「メローネの事で悩んでなんかない」
半分は自分に言い聞かせるれようだったかも知れない。

「そう?」
「そうよ」
「オレは悩んで欲しいけどな」
「またそうやってからかうんでしょ?」

見てたら、またペースにのせられてしまう。メローネから視線を外して、買ってきた炭酸水をもった。炭酸が抜ける音が気持ちよくして蓋をあけると、私をよく見ているメローネの視線を感じる。なんで見てるの!なんでそんなに楽しそうなの!?

あえて無視するようにペットボトルに口をつけようとしたら、メローネはおもむろに「眼球舐めさせて?」と、私からペットボトルを取り上げて言った。
「がっ!?」
がんきゅうっ!?そりゃあ零すわよ!まだ口に入ってなかったから噴き出すことだけはしなかったけど!炭酸水は口の端を流れていって、首まで滴が流れたのがわかった!だけど、眼球って、舐めるって!何考えてるの!

けれどメローネはお構いなしで
「こぼすなんてはしたない」
「変な事言うから、って!ぎゃあ!」

口の端からこぼれたそれをメローネに舐められた!絶対狙われてた!
「もうちょっと色っぽい悲鳴のがこういうときはベネだ」
言いながらもしつこく私の頬や滴が伝う首の方をまで舐めあげられて、そのザラつく舌の感触とかにゾワゾワしてきた!
「ちょっ、っと!やっ!」
鳥肌が!全身に!ぎゃああ気持ち悪い!
あまりに近いメローネを押しのけようと手を突っ張っても、肩を叩いてもメローネは揺るがなくって、あぁ!と私はぎゅっと目を瞑ってしまった。流されるような事だけにはならないように祈って!

その時「何やってんだテメェらはッ!」という怒声と共に、メローネが引きはがされて、そして私の頭にも強い衝撃がやってきた!

「いっ!!」
痛い!
ゴチンっとグーで殴られたんだとすぐに気がついた。痛いわね!今ので脳細胞が確実に減ったわよ!でも助かった!
「ギアッチョ!」
多分私は情けない顔してギアッチョに飛びつくように助けを求めて、その背後に回り込んだ。「メローネの変態!」
「グラッツェ!」
「気持ち悪い!」
「もっと言ってくれ!」

ギアッチョが力任せに引き剥がしてくれたのかメローネはキッチン外の壁際にまで飛ばされてた。けれどなんら悪びれた様子もなく笑顔で口元の唾液を拭っていた。

「ギアッチョ!ギアッチョ助かったわ!」
「何してたんだテメェは」
「メローネに眼球舐められそうになったのよ!」

気持ち悪かった!と首あたりに残る感触を消すように袖口でグイグイ拭うと「それは傷つくなぁ」とのんびりした声がとどく。
ギアッチョの脇からメローネを見たら目がばっちりあって、あの変態はまだにこやかに笑いながらさぁおいで!とその腕を広げた。

眼球って、と眉間に深く皺を寄せたギアッチョが赤フレームのメガネを押し上げてさりげなく私を隠すようにしてくれたのがわかった。ギアッチョ!ありがとう! だから私は遠慮なくその背中から
「用事無ければ帰って頂いて結構です!」
とメローネに向かって叫ばせていただいた。

「用事なんてリーダーからの伝言の他にあるわけないだろう」
「じゃあもう承りました!」
「用事がなくちゃ居ちゃあいけないなんて寂しいこと言わないでおくれ」
「言って欲しくないなら変な行動しないで!」

ちぇーとメローネは口を尖らせて急につまらなそうしたかと思えば、ギアッチョに向かって「3pとか、どうだろう?」と言ってる。ちょっと、この変態誰か止めて!何言ってんのよ!私、貞操の危機なんじゃないの!?

つい、ギアッチョの服をぎゅっと掴んでしまった。その薄く青い服にシワがはいったのがわかった。それを感じたのか、どうなのか知らないけれど。

「メローネと、ってのがまず問題外だ」

とギアッチョは言った。
ギアッチョグッジョブだわ!!ありがとう!いい人ね!
私はギアッチョの後ろからメローネをにらんで、「変態っ!」もう1回、言った。

「ベネ」

メローネはフフと笑って、もう何もしないから、と広げていた両手をあげて「腹が減ったから何か作っておくれ」と言った。

きっと私はとても嫌そうな顔をしていたんだと思う。なかなかギアッチョの後ろから離れられずにいたらギアッチョが「軽いモンでいい」と言って、私を促すようにキッチンに押し戻してくれた。

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