10. 「後片付けは私がやる」 そう言ったのに、プロシュートが 「後片付けまでが料理だ」 とキッチンを譲ってくれなかった。ソルベにジェラートは二人寄り添うようにソファで昼寝タイムに入ってた。 部屋の片付けも終わってしまった私はやることもなく、椅子の上で膝を抱えてた。 午後の日差しが暖かい。その内なんだかうとうとと微睡んできて、そのまま意識を手放しかけた。 けれど。 カタンとテーブルの向かいから音がして、その音に目が覚めた。あぁ、美人さんね。テーブルに乗って私の方にやってきて、そして腕に頭をすり寄せてきた。甘えてるんだとわかった。だから私も美人さんの頭に鼻をすりよせてみた。柔らかい毛と、さっき舐めてたミルクの匂いがした。 リゾットは何もないこんな午後にも部屋へ篭もったりする。私はあまりその部屋に近づかない。 本当は、近づけない。 リゾットはそういう雰囲気を、きっと意図的に出している。だから寝てる時くらいしか美人さんも近づかないのよね。 同じ部屋の中にいても、近いようで遠いものだな。私は近づきたいのかな。再開したときはとても嬉しかったし、部屋がない私を助けてくれて、一緒に住んでいいとまで言ってくれたのにはとても感謝してる。 けれどメローネに言われてから、気がついた。 私はリゾットが好きなんだろうか。ずっと好きだったんだろうか。そりゃあ幼かった頃、居なくなったリゾットをずっと待ったり、時には泣いたりした。だけどそれって恋愛感情なのかしら。 額を美人さんのお腹に押し付けると心臓の音や脈打つ振動がダイレクトに伝わってきた。 なんか、感動した。 美人さんが私の髪にじゃれついてきた時に、誰かに後頭部を押さえつけられた。美人さんが苦しそうな声で1回ないた。私も苦しい! 「誰?!」 「猫イジメめ」 「この方が猫イジメよ!そして私イジメよ!」 膝にあった手を頭上に伸ばしてその手を払う。するとフッと笑ったような気配からプロシュートだと知る事が出来た。後片付けが終わったのかしら。 やっと手が解かれて顔を上げたら、乱れた前髪をそのプロシュートに無言で直された。 「あっ、ありがとう」 ステキなオニイサンに、無条件に照れてしまう。 上着は脱いで、シャツ1枚になっていたプロシュートは、やっぱり素晴らしいスタイルで、持て余すような長い足に似合う細身のパンツとか、まるでモデルのように見える。「私、今脳内でこれでもかってくらいプロシュートのこと、褒めたわ」 「グラッツェ、キッチンは終わったぜ」 「ありがと」 やっぱり片付けが終わったのね。ずいぶん早かったのね。見上げると、無表情のままなプロシュートがいた。何かをしゃべりそうな気配もない。けれど私の前髪をいじる手は止めてくれない。視線は、私を見ていないようだけれど。 「プロシュート?」 「バンビーナ、ちょっと付き合え」 いきなり腕を掴まれて、私は半ば引きずられるように玄関を出た。 :::::::::: 歩幅は私に合わせてくれて、きっとその長い足の回転にはちょっとゆっくりめに路地を歩く。ただ、歩く。 「ねぇプロシュート」 言っても答えはなく。 私の歩幅なのに、いつの間にかプロシュートが先導し、石畳の道をずっとずっと歩いたような気分になった。きっとヒールもずいぶん磨り減ったに違いない! 私の足が更に遅くなって、漸くプロシュートは足を止めた。 「疲れたか」 「そりゃあね」 それだけ言うと、近くのバールからテイクアウトしてくれたラッテを私にくれた。自分はタバコに火をつけた。「ありがと」 「礼ばかり言われてるな」 「だって、プロシュートが気が利き過ぎるのよ」 「そんな事はない」 「絶対あるわ」 1口飲むとじんわりと体に広がっていく。おいしいわね、ここのお店、覚えておこう。 つまらなそうに私の姿を見ていたプロシュートがタバコの火をもみ消して、私の持っていたカップを掴んで一口飲んだ「やはり甘いな」。飲んだ時の喉の動きがやたらに色っぽくみえた。さすがプロシュートね、また褒めてしまったわ。 そんなこと考えてたら、プロシュートがやっと口をひらいた。 「リゾットは固執しない」 「は?」 いきなり言われても、よくわからないわよ。 「ヤツの部屋に入った事は?」 「1度だけ」 「誰かと一緒か?」 「メローネと」 そりゃあ大正解だったな、と笑われた。どういう意味かわからないけれど、正解ならよかった気がする。 「部屋ん中みたろ。書類が載ったデスクと、ベッドだけの」 「生活感がないって思ったわ!」 そうだろう、というように頷いたプロシュートに、またカップを取り上げられた。飲み終えたソレをつぶして、ゴミ箱に投げ入れる。どこまで気が利くのよ! そしてまた歩き始めた。私は黙ってついていくしかなくって、プロシュートの横に並ぶまで小走りになった。 「固執しねぇってのは、身軽な反面引き止めるものがねぇってことだ」 よくわからない。けどわかった顔して頷いてみせた。プロシュートはそんなことかまわず続けた。 「そのリゾットが、お前を住まわせていいかオレたちに許可を求めた」 やっと横においついたら視線がぶつかった。 「でも、それって、そこを事務所みたいに使ってたからでしょ?」 「それもあるだろうが」 プロシュートは頭をガシガシとかきながら、「どういやいいもんだか」と顔を顰めて、そして 「アイツがイチを置きたいと言ったんだ」 真面目な顔で言った。 「…え?」 「付き合いが長ぇ奴ほど驚いたぜ」 それがバンビーナだったから尚更だ、と、今度は少し笑いながら。 待って。どういう事。 リゾットが?私を?なんで? プロシュートはまた前を向いて歩き出す。今度は自分の歩幅だった。やっぱり歩くの速かったのね! 「ちょ、ちょっとまって!」 どういうこと!?それって、どういうこと! 「だからオレたちは了承した」 「え?」 歩みは止めないまま。追いつかないわよ! 「珍しいアイツのワガママだからな、聞いてやらねぇと」 「わかりやすく言って!」 「簡単だろ、リゾットが執着したんだ」 「だから!」 なんで! 「あとは自分で考えるか、リゾットに聞け」 ニヤリと気障に笑って。あぁこの人、なんでも似合うのね! 「お話はお終いだ」プロシュートは急に角を曲がってしまった。追いかけて角を曲がるとソコにはおじいさんしかいなかった。プロシュートがきていたスーツとよく似たものを着てるけど、でも年齢は70代くらいにしかみえなくって。 「今、男の人来ませんでした?」 「さぁ?」 首を傾げられてしまった。煙のように消えられてしまったわ。 聞きたいことは募るばかりで、でも本人はいなくって。ああ、今頃になって足が痛くなってきた。ここからまた歩いて帰るのか。 「早くお帰り、バンビーナ」 「ええ、ありがとう」 おじいさんから優しい声を掛けられた。 上を向いたら陽が暮れ始めて、空が藍色になり始めてた。それを見たらリゾットが居る家に早く帰ろうって、そう思った。 |