09.

その3日後に私の荷物は届いた。

「まだこの机を使っていたのか」

運び込まれた私のお気に入りの机を見てリゾットが言った。
「覚えてた?」
「あぁ」
うちのおじいさんからもらったものよ!と水拭きしながら付け加えた。

渋い茶色の机はおじいさんのお父さんが作ってくれたものだとかで、一緒になっている座り心地が最高にいい椅子も含めて、幼い頃からの私の大のお気に入りだった。だから何度となく家に来ていたリゾットは知っていて当然。「まだ現役だったとは」感心したように見やるリゾットに「私の孫にまで使ってもらいたいわね!」、鏡を置きながら言った。

2人で話をしていたら「部屋は片付いたか?」、とプロシュートが覗いてきた。
朝から荷物整理をしていた私にかわって今日はプロシュートがキッチンにたってくれている。流れてくるお昼ご飯のいい匂い。そのプロシュートの後ろからヒョイと顔を覗かせた人がいた。

「ワォ、オンナがいる!」

プロシュートより若干低めな身長の彼はズカズカと私の部屋に入ってきて、いきなり私の顎を掴んだかと思うと右に左に私の顔を動かした!
「いっ…!」
痛い!!首の筋が回す早さについていけなくてピシッと音を立てたよう。
2度3度そうやって顔を見定められたかと思ったら、間髪を入れずに次は胸を鷲掴みにされ、さらにはお尻を掴まれた!
「なっ!?」
何言えばいいんだろ!とにかく止めてって言えばいいのかな!あああ、なんですかいきなり!!声が出ない!パニックだわ!自分パニックだ!あああ!そして次は足を撫でられた!
「おいジェラート」
見かねたプロシュートが彼の肩を掴んで引き剥がそうとしてくれた、直後、彼は興味を失ったようにその手を放す。

そして
「なんだよリゾットー、お前、幼女趣味だったっけぇ?」
大声で言った。机に寄りかかっていたリゾットが腰を滑らすように後ろ体重になった。


「よっ幼女って失礼な!」
やっと声が出た私は、一応20過ぎたのに!そりゃあ自慢出来るような体じゃないけども!と、本当に一応主張した。私の心の為よ!わかっているわよ、もうちょっとボリュームが欲しいって事くらい!!あぁ悲しくなってきた!

「失礼っつうならもっと発育しろって。お前の体の方が男の夢に対して失礼だ。それに案外リゾット巨乳好きだぜぇ?」
ケラケラと笑ってジェラートと呼ばれた彼は頭の上で手をくんでリゾットに視線を向ける。
「なぁリゾッ「それ以上喋るな」

リゾットが腕を組ながら低く言った。プロシュートはその様子を口元を抑えて笑いを堪えてた。肩が揺れてるわよ。

ていうか。
ジェラートとにらみ合いのようになってるリゾットさん。
巨乳好きなの?その無表情は何を考えているの!リゾットの無言の圧力に頭上で組んだ手を早々に崩してしまったジェラートは「冗談だろぉ」と肩をすくめながらその手を振る。プロシュートは笑いを堪えた背のままキッチンに走り去ってしまった。
逃げたわね!
思うと同時にキッチンからの大笑いも届く。さらにジェラートも「腹減ったなぁ」なんてわざとらしくいいながらドアに向かった。

残されたのは2人。うぅ気まずい。気まずいけど。

「…巨乳好き」

つい口をついて出てしまった。言ってから言わなきゃ良かった!ってやっぱり思った。墓穴ていうのよ、きっとこういうの!あぁでもサプリメントでも飲もうかしら、断じてリゾットの為じゃないわよ!私の為よ!いやでもそんな都合のいいサプリメントなんて有るのかしら!年単位の計画ならいけるかしら!

一人脳内会議を繰り広げている間リゾットはうなだれたように首を落として額に手を当てていたけど、しばらくしてから顔を上げて私をみた。

「な、何?」
「いや、さっきのは正確ではない」
「何が?」
品定めでもするかのようにジッと私を見て、やがて
「細身の、が上につく」
と言った。

あぁこの天然モノ、実は物凄く希少価値が高いんじゃないかしら!何で今そんな事言ったかな、そんな情報今要らないじゃない!

「あぁ、そう」

がっくりって、こういう事をいうのね、疲れた。心底疲れた。もういいわ。
次の言葉がでない私をまだ見たまま、やっと自分の言った事に気がついたのか、リゾットは口に手を当ててから視線を外した。心なしか、耳が赤い。あぁこの天然モノ!

:::::::::::

「昼飯!」
やっと笑い終えたプロシュートに呼ばれてキッチンに行くとお皿から湯気が上っていて、おいしそうな匂いがたちこめていた。

既にテーブルでパスタを食べ始めていた先ほどの彼が、私を見つけるとナプキンで口を拭い「よっ」と片手をあげた。

「さっきはわりぃね。オレはジェラート、よろしくぅ」
「よろしく、イチです」
「んな畏まるなって。大丈夫、オレの好みじゃねぇから」
「それはよかった」

壁にもたれてコーヒーを飲んでたプロシュートが吹き出しそうになって、ケラケラと笑ってたジェラートがまたキッチンに居る黒髪の長身の人を指差して「あっちはソルベ、かわりによろしくぅ」。

そしてまたパスタを口に運び始める。キッチンの方をみると、黒髪の男性がかがみこみながら何か作業していた。そしてジェラートはみるみるうちに一皿を完食してしまう。
「おかわり」
そういってまたナプキンで口を拭って席を立つ。ポカンとみていたらキッチンの入り口でソルベと呼ばれた男性がその皿を受け取っていた。

「これ、プロシュートが作ったんじゃないの?」
「オレは下拵えだけだ」

コーヒーを飲み終えたマグを手に持余しながらプロシュートはいう。

「ソルベが居る時は大体ソルベが作る」
「ま、プロシュートの料理はザ・男の料理だもんな」

ヒヒヒと笑って、2皿目のパスタを持ったジェラートがいった。よく入るわね!その痩せ型の体のどこに入ってるのよ。

「テメェは食うだけだろうが」
「オレが食うからソルベが作る。これでいいじゃん」
「いいのかよ、ソルベ」
「食う相手が居た方が張合はある」

キッチンにいたソルベが答えると、ジェラートはその言葉に満足したようにわらってた。

「料理好きなの?」
プロシュートに聞くと
「添加物が嫌いなんだとよ」
と顎でソルベをさしながら答えてくれた。
それと同時に別にこだわりがあるわけじゃない、とソルベの声が届いた。誘われるようにキッチンに入ると、ソルベはオーブンの前にたちながらこちらをみている。リゾット一人では絶対に活用しないと思ってたオーブンはこのためにあったのね!
「よろしく!イチです」
「ああ」
低くいわれた。背が高いわね!

「何作ってるの?」
「食後に」
「すごい!」
見計らったようにオーブンを開くと白いモコモコしたロッシェが見える。ああおいしそう!つぶれないように器用にお皿に移していたソルベは、その高い背を余すように猫背になりながら作業をしている。
似合わないわね、つい笑い出しそうになってしまった。
でも料理をする男性はステキね!

作業をするソルベの後からチョロチョロと覗いていたら、キッチンの入り口から「惚れんなよ〜」と声がした。
まるで見透かしたようね、と振り返れば、「まだある?」とまた皿を空にしたジェラートがいた。

「はやっ!」
「朝飯くってなかったからさぁ」
「そういう問題じゃないわよ」

ソルベがロッシェの作業をする手を止めて、ジェラートのお皿を持つ。するとよそってもらってる間に空いた手で、ジェラートはできたてのロッシェを一つ摘んで口に投げ入れた。

「あっつ!」
「乾燥させなきゃうまくねぇだろ」
「ねぇその作り方私にも教えて!」
「イチは早く飯食え」

賑やかなキッチンからつまみ出されるようにテーブルに行けば、先に食べていたリゾットと目があった。
私は感動のままについ身を乗り出すように言ってしまった。

「ソルベってすごいのね!」
「アイツの料理は贔屓目ナシにそこら辺のリストランテより旨い」
「うらやましいわ!」

するとキッチンからたっぷりのパスタをよそったお皿を持ったジェラートが
「もっと羨ましがれ」
自慢そうに笑っていった。

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