08.

心臓の鼓動が聴こえてしまうんじゃないかってくらいバクバクとうるさかった。リゾットが目を覚まして、どこから聞かれていたのか、とか考えたら更に鼓動が早さを増した気がした。
そんな時にメローネは

「すまないな、服汚しちゃって」

と私の腕を自分の視線の高さにまで持ち上げて、血で汚れた袖を捲って腕に直接キスをした。
「イチの腕がオレの血で染まるなんて、」と、うっとりした目を向ける。
「メローネ、朝ご飯の用意するから、離して」
言えばすぐに放してくれるけれど。まだ視線は意味ありそうに私を捕らえてた。その後ろにぼんやりしたリゾットが、こっちを見てた。

居心地が悪くなって、すぐにリゾットの部屋を出る。私が歩くと美人さんも一緒に付いてきて、リビングにでた。美人さんはリビングに置いたキャットフードに気がついたようでそれにすぐ飛びついていった。

あぁなんだろう!どうしたらいいものかしら!此処にいる人たちはなんで気持ちをかき混ぜてくれるの!平静さえ装えないなんて、私思春期なのかしら!

深く息を吸って、はいた。冷蔵庫にあった炭酸水を開けて、飲み干した。あぁ。シンクにうなだれかかっていたら、「朝からすげーな」、声が響いた。本当に此処の人たちは足音消して入ってくるのがうまいわね。もう驚かなくなってきたわよ!

振り向くと、今日もスーツをビシッと着込んだプロシュートがいた。

「ガス入りを一気に飲み干すなんて豪快だな」
「好きなのよ、ガス無しより」
空になったペットボトルを振りながら笑って「おはよう」。
「おはようバンビーナ、言いつけは守ってるな」
私が作った朝食を見ながら言う。食材はたっぷり使うように、とプロシュートとの約束をなんとか果たせているらしい。よかったわ。

「プロシュートは朝ご飯食べたの?」
「あぁ」

それじゃあコーヒーでもどうぞ、と淹れ始めたら「イチに紹介する」、とプロシュートが言った。
「へ?」
「オラッ、ペッシ!モタモタすんな!」
「へっ、へい!」

ちょうどキッチンから死角になってた玄関口からリゾットより身長高いんじゃないかってくらいの大男が現れた。失礼ながら、個性的な面々が多い此処の方々たちの中でもその風貌は特異だなぁ、と思ってしまった、ごめんなさい!

「ペッシです、よろしく」
「よろしくね、私イチ」
頭を下げたペッシに私は手をさしのべた。けど、え!と言われて、その手を取ろうとしてくれない。宙をかく指に寂しさを覚えてしまった私は、その手をさらに差し出してみたけど更に、え?え?と狼狽えるばかりでペッシは私の手を取ってくれなかった。

「ペッシペッシペッシぃ〜」

その様子を見ていたプロシュートがペッシの脹ら脛を蹴ってから、その個性的なヘアスタイルの頭を両手で掴んで、額をゴッツンとした。

「おまえはなんで狼狽えてんだぁ?たかだか握手だろうが」
「で、でも兄貴ぃ、」
泣きそうになりながら言うペッシに、プロシュートは諭すように話してる。

すっかり私は置いてけぼりね。あーあ、と手を引っ込めたら、リゾットが着替えて私の後ろに立っていた。

「プロシュートも来てたのか」
「おぉリゾット、昨日の報告を聞くがてらな」
「先に朝飯を食べていいか?」
「あぁ急ぎでもねぇし、気にすんな」

プロシュートはペッシにコーヒーを2つカップに淹れさせて、ソファに落ち着いた。
「オレも!」と、いつの間にか居たメローネもコーヒーを注いでる。

「メローネ、朝ご飯は?」
「オレは食わない主義なんだ、覚えておいて」
「要らない知識だな」

プロシュートに一蹴されて、メローネは子供のように頬を膨らませた。

::::::::::

「じゃあ私、行ってくるから!」
「手伝おうか」
「人手が必要になったら遠慮なく呼ぶわ」

朝食に後片付けも終えてリゾットの家を出る。あと数日で処分されてしまう前になんとか荷物を運び出さなければ!とにかく悲嘆にくれるより行動よ!、と、行動した結果、私はなんとか次の住処を見つける事が出来た。殆どラッキーだったけど、十分だわ。
カツカツとヒールの音が雨上がりの薄靄がかかる裏路地によく反響した。しばらく歩くとつい数日前まで住んでいたアパルトが見えてきた。

「荷物、取りにきました」
「次の部屋は見つかったのかい」
「えぇ、なんとか」

入り口で管理人さんに居合わせた。タイミングがいいのか悪いのかしら。

「すまなかったね」
「私のほうこそ」

猫飼って追い出されたとは思えないくらい、管理人さんは殊勝な態度でこっちが拍子抜けをしてしまった。
部屋に上がるとたった数日で懐かしいと思えてしまうそれらを、私は片っ端からダンボールに詰め始めた。

時間はあっという間に過ぎて日がくれるころ、出来上がった荷物はダンボール3個に鏡台替わりの机に椅子、棚、姿見鏡くらい。我ながら簡素だわ!と楽しくなってしまった。広くなった部屋を見渡して、もうこの場所には戻らないのね、なんて感慨深く思う。

後は処分してもらうものに、ゴミをまとめて、荷物は送ってもらえるようすればいい。
部屋の真ん中に座りこんで、気に入ってた高い石天井を見上げた。夕日でオレンジに染まっていた。これが決め手で部屋を決めたんだっけ、とか、思い出した。あぁ、なんとなくノスタルジック!感傷的になるなんて、私も案外ロマンチストかもしれないわ!

自分の意外な面に笑い出しそうになって腰をあげた。とりあえず手持ち出来そうなダンボールを1つ持って部屋をでる。ドアを開けた時「ありがとう」と言って一礼した。

管理人さんに鍵を返して、あとは業者にまかせた。また石畳をヒールを鳴らして歩くと、朝よりも道のりは短く感じた。

リゾットのアパルトの前には大型のバイクがとまってて、壁にもたれてメローネが携帯をいじっていた。

「いつ連絡が来るか、ずっと待ってたんだぜ」

と、笑って言われる。
「ごめんね、終わっちゃったの」
「荷物はそれだけ?」
「まさか!」
もっとあるけど後は業者よ、と言えば、イチのショーツを荷造り出来なくて残念だ、と落胆したように言った。この変態め!
メローネと一緒に部屋へ戻ると朝のメンバーのまま、リビングで何か話し込んでいた。

「ただいまなさい!」

張り切って言えば、プロシュートに「変な挨拶はやめろ」と言われ、ペッシはどもりながらも「荷物、運びます」とダンボールを持ってくれた。
そしてリゾットがタバコの火を揉み消しながら

「お帰り」

といつもの無表情で言った。やっぱり私、それだけで笑えてしまうんだから、ロマンチストかも知れないわ!

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