07/ 「オラッ、起きろ」 本当は飛ばしたかった意識をそんなに甘く許してくる筈もなく、揺さぶられてテーブルの上に投げられた。そして今度は子どもが人形を持つように髪を引っぱり上げられた。 「いっ!」 「おー、痛ぇよなぁ。キレ−な髪が千切れるぞ。どうやって切り抜けようか考えてる時間はねぇぞ」 痛い痛い!首が抜けそう! どうやって切り抜けようも何も、どうしたらいいのよ! 「見せてくれよ、スタンド」 「スタン、ド、って何?!」 「知らなくはねぇだろ、ホルマジオの前で出したっつうやつはなんだ?手品か?」 ホルマジオって、あのお兄さんのこと? 痛みで考えることも出来ない頭を振り絞ってみる。 徐々に大きくなる体と比例して大きくなる恐怖。このまま殺されるんじゃあないかしら。だったら一思いにやってほしい、けどスタンドという意味のわからないものを欲している睫毛フサフサの人は一思いにやるわけない。 知らないものは知らないのに! 悪魔の証明をどうやってしろというの! 痛みに恨みに怒りに、どす黒い感情が体中に行き渡って、痺れたように手足の感覚がなくなってきた。目も開けられない、ただ遠くでシャキンと刃物の音がしたのを聞いた。その時に「あん?」、睫毛フサフサの人が髪から手を離したようだった。ドスンとお尻から落ちた。痛い、けど、解放されて安堵の息を吐いたのも束の間。パラパラと自分のであろう髪が上から降ってきた。 「それがテメェのスタンドか?」 頭を触って髪の毛がまだくっついていることと、不自然にない部分もあることを理解した時、視界の端に何かが動いた。 「スタンド‥?」 「そのちいせぇ奴ら」 呼んだつもりもなかったのに、彼らはモゾモゾと私の周りを動きはじめ、そしてやがてして私の髪を食べはじめた。 その瞬間に血の気が引いた。だって彼らは食べ尽くして新しいものを吐き出すんだもの。今食べているのは私の髪の毛、ならば。 「ダメダメダメー!」 散らすように彼ら払いのけ自分の髪であろうものをかき集めた。不満そうに私の腕に体当たりし噛みついてくる個体も居たけれど、強く払いのけた。そして少しの間睨みあって、小さな彼らはまるで煙みたく消えていった。 ほっと息を吐く。 あのまま彼らが食べ尽くしていたらどうなっていたんだろう。髪の毛だけ再生されたのだろうか、ならばまだ良いけれど、多分ちがう。髪の破片となるもの、私自身に噛みついて食べはじめたのではないだろうか。そうなったら吐き出すのは、想像して身震いした。 「おい」 後ろからかかった声に肩が跳ねあがった。 「なんで奴らを隠した。やっぱスタンド使いじゃあねぇか」 「その、スタンドってのが、私はわからない」 彼らのことをスタンドと呼ぶならば、きっとこの睫毛フサフサさんもスタンドをもっているのだろう。怖くてもう逃げ出したかった。けれど睫毛フサフサさんと、少し話がしたい、そうも思ってしまった。 ゆっくりと体が大きくなっていく。 テーブルの上の紙コップサイズから、子どもほどのサイズに戻っただろうか、睨みあってた睫毛フサフサさんが顔を上げて玄関の方をみた。同時にバタンとドアがなって「ただいまなさいー!」、女性の声が響いてきた。 まさか仲間が帰ってきたのだろうか。 さらに逃げるタイミングを失ってしまったのだろうか。 睫毛フサフサの人が向いてる方を向けば、この雰囲気にはそぐわない明るい声が「今日ね、ホルマジオが来たけど何時の間にかいなくなっちゃってね、あ、でも夜来るって言ってたから」、早口で聞こえてきた。 今ホルマジオって言った? 何度か聞いたその名前に訝む。 「‥プロシュート?誰かいるの?」 「悪巧み中だ、部屋に行け」 「えー、ご飯は?作っていい?」 「オレ以外いねぇから、部屋に行ってろ」 なんとか追い払おうとしているようだ。 でも私がどんどんと大きさを増して、話の途中にソファの影に隠れていた姿がついに見えてしまったんだ。 そして驚いた。 「映画館の!」 「今日のお客さん!」 お互いが目を丸くして顔を合わせた時、睫毛フサフサの人が大きく舌打ちをして「さっさと部屋にいけッ」聞こえてきた。 「ねぇ何してるの!?彼女に何してたの!?悪巧みって何?!」 「黙れ」 「髪!切ったの!?弄んでたの!?」 「イチ!説明は後でしてやるッ!」 睫毛フサフサの人に凄い勢いで突っ掛かっていく映画館の彼女を見ながら、息を飲んだ。あの恐ろしい人に物怖じせず言えるなんて、この人も相当に恐ろしい人なのではないだろうか。スタンド、も持っているかもしれない。 けれど彼女はこっちを見て必死に言う。 「髪の毛切られたの!?何か酷いことされたの!?」 手を伸ばしてくれているようだ。 だからなんだかとてもチグハグなものを感じてしまったんだ。 |