06/

それから暫く揺られていた。車酔いに似たフワフワとした感覚が気持ち悪くてずっと吐きそうだった。
揺られていた時間はどれほどかわからなかったけど、バタンという音と共に室内に入ったらしく、すぐにピタリと揺れが止まった。
何かに運ばれていた?
なんだろう、全くわからないな。いっそ気を失っている間に見ている夢だったらどんなにいいか。しかしこれは現実なのだ、と自分の掌を見ながら悟っているんだ。だってさっきイチさんに貰ったチケットを握りしめているから。

「(どうしよう)」

壁らしい所に手を伸ばして触れてみる。なんだか覚えがあるこの質感に、また首を傾げてしまった。


けれど。
その内にわかった。
落ち着いてきた所為もあるのだろう。
円柱の上部が遥か高くにあると思っていたのけれど、どういう訳かわからないが、これは紙コップの中に入れられていたのだ。質感や、この形状、紙コップにちがいない。まるで不思議の国のアリスのように小さくなって紙コップに入れられている。

状況を整理しつつも、多分だけどこれはよろしくないのでは、と額に汗が滲んできた。
逃げたい、けど、逃げられる?
何処に行ったらいいのだろう。
隠れたいけど、まずこの紙コップから出なくちゃ。でもどうやって?ていうか何故こんな事になったの?

一歩を踏み出すまでが長くて本当に嫌になる。動けばいいのに動けない。こんな状況なのにまだ誰かを頼ろうとしている。

ガタン、と大きな音がした。
多分誰かがやってきたのだろうと知れる。
近づいてくる足音が止まった。

「‥あぁん?」
低く発せられた声と目が合うのが同時だった。
「んだよ、ホルマジオのヤロー放置してんじゃねぇよ」
赤いメガネを掛けた巻き毛の男性がこちらを見下ろしていた。
「ひっ‥!」
三白眼が鋭くてキツい目付きを増長させてるよう。つい恐ろしくてひきつった声がでてしまった。私ここで殺されるんじゃあないかしら。身代金とか、日本に向けて出されてもそんな価値のある人間でないし、実家は普通の会社勤めだから大金なんてあるわけない
し。
「あー、めんどくせ」
三白眼は舌打ちをしてどこかへ行った。
でもすぐに戻ってきて私を掴み、紙コップを逆さにして其処に投げ込んだ。うえには何か重しが置かれたようだ。
押しても蹴っても動かなくなってしまった。
紙コップのなか、へたりこむしかなかった。


**********

どれ程たったのか、時間の経過がわからずに放置されて、そして異変に気が付いた。だんだんとこの紙コップが小さくなってきた、気がする。
さっきまで届かなかった天井部分に今はしっかり掌がくっついて、このまま力を込めれば持ち上げられそうだ。

でも、持ち上げた所で誰かいたら?
また捕まってしまうんじゃない?
今度は痛め付けられるかもしれない。ここでじっとしておいた方がいいんじゃない。

ぐるぐるとまわる頭の中で、紙コップの中に入っていていい理由を探し続けた。このまま居たって事態の好転なんて望めないのに、怖くて動きたくないからだ。

その考え方が自分でも嫌いなのに。

もどかしくて、勇気のない自分なのに。

けれど考え続けている間に事態は変わっていく。紙コップが小さくなる‥、というより自分が大きくなりはじめているのに気が付いた!
「うそ‥」
手のひらが当たっていた天井部分にはいつの間にやら頭がついて、このまま立っていれば紙コップを持ち上げてしまう。膝をついてみても、横幅も大きくなっていっているのだから、全体的に狭くなってきている。
どうしよう、どうしよう!
ここから出なきゃ、っていうか隠れなきゃ。

ごくん、と唾を飲み込んで、紙コップの床に面するフチに手を掛けた。難なく傾ける事が出来た。しかし、同時にガッシャンッ!とガラスをぶつけたような音が大きく響いた。地響き、というには大げさだけれど、そんな感じ。
多分、この紙コップの上に置かれていた何かが落ちたのだろう。
心臓がばくばくと跳ねているのがわかる。
そして、すぐに紙コップが退けられた。私以外の手によって。
「お、でかくなってきたな」
声はすぐ近く、背中側から響いてきた。
低い、でもしっかり通る声。振り向けば「チャオ」と指を動かして挨拶をされた。
「(睫毛フサフサの人!)」
驚いて尻餅をついてしまった。
「おっかねぇって顔してんなぁ」
タバコをふかしながら見下ろしてくる。その冷たい感じに背筋がゾクゾクとしてきた。
その様子を楽しんでいるようにハンッと笑った彼は、タバコを灰皿に押し付けて、そして私を掴んで持ち上げて言った。

「教えてもらうぞ」
「何のこと」
「テメェ自身と、スタンドについて」

スタンド‥?
一体何を言っているのだろうか、あ、まだ私の知らない単語だろうか。まずい、通じないな。
悪い癖で首を捻って曖昧に笑ってしまったんだ。そしたら指で容赦なく顔を弾かれた。痛い!この大きさだと首がもげる!脳震盪のようにぐらぐらと揺れる頭では意識が保ちにくい。

「笑ってんじゃねぇ。隠し事も許さねぇ。妙な素振りがわかったらぶっ殺す」

遠くで聞こえる声は冷たい響き。
このまま殺されちゃうのかな、なんて、いっそ笑いたくなってしまった。



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