01/

はじめましてイタリア!
何度も何度も深呼吸をした。
違う惑星の空気を吸った気分だ。胸がザワザワと擽られたようにむず痒い!

幾ばくかの貯金をすべて注ぎ込んで、スーツケース1つと背中の大きなリュックで石畳を歩きはじめた。日本のアスファルトとは違う感触にワクワクする!
日本にいた頃に小柄と思った事はないけれど、それとなく高い視界に見上げるように辺りを見渡してみた。
あぁなんてステキなんだろう、憧れつづけたこの国。街中を見渡せば当たり前のようにローマ時代の教会がある。足下の道だって、いつ頃出来たものなのだろうか。石造りの建物、噴水、広場。もっと見たい!
でもスーツケースを転がしている状態ではどうにも動きにくい。観光客と間違われているようでタクシーのおじさんに何度も声を掛けられた。けれど小さく会釈をしてかわし、地図を片手にずんずんと進む。ここでタクシーを使うような余裕はない!
空港から駅へ、駅から街へ。
とりあえず、と伝手を頼って決めたアパートを探しゴロゴロとスーツケースを引き回す。ギリギリな午前中についた筈なのに目指すアパートは遠く、やがて自分のガソリンが切れたことに気がついた。

小さな公園のベンチに腰を下ろす。
ワゴンでジェラート売ってる。
近くのパン屋からだろうか、おいしい匂いが鼻を擽る。あぁお腹すいた。
腕時計をみればまもなく2時を回る頃、のんびりとした時間なのだろうな、とその公園を見渡しながら思った。周りには同じようにベンチに腰をかける老人たちに、颯爽と歩く赤いスカートが印象的な美人な女性。花屋だろうか、エプロンをしたおじいさんが大きなバケツに花をたっぷりつけていた。

そうだ、リュックの中にチョコレートバーが入ってる筈だ。空港のコンビニで買ったもの。コーヒーでも欲しいけど、コンビニで買ったミネラルウォーターがあったから、そっちを優先しようかな。
リュックの中をがさがさと探る。大きなリュックは高校時代から使っているもので、雨も弾くし何でも入るし無駄な装飾がない所が気に入っている。でも内側も黒いから中身が見えづらいのが珠に傷だ。だからだろうか、チョコレートバーより先に手についたのはスケッチブックだった。

A4サイズのスケッチブックを引っ張りだした。真新しいもので、イタリアにくる前に1冊購入してきた。早速ひらいて、目の前の風景を紙に落とし込んでいく。
この作業が好きだ。
遠くには円形のドーム屋根があって、その尖端が空に向かって伸びる槍の様だと思った。右手の建物いい匂いの発信元は一階にあるこのパン屋なのだと気付けた。その上はアパートメントになっているのかな、鉢植えが3つ、赤い花が咲いている。
全体を見る。近くを見る。
空をみて、地面をみて。
大きな葉っぱが揺れる街路樹の下にいる人、その人に走りよる女性、きっと恋人なのだろうな。犬を連れてあるく老婆、何人も連れ立つ男性たち。
人をみて、植物をみて。

あぁ楽しい。
楽しくて自然と歌声が漏れてしまった。至福の瞬間とはまさにこのことなのだろう、鉛筆を走らせながら思う。

後ろを通る人がいるな、くらいにしか思わなかったけれど、その人がハンッと笑った時に、ハッと我に返ることができた。

慌てて振り返ってその人を見る。
もう既に遠くにいってしまったようだったけど。

やってしまったな。
絵を描くことが楽しくて大好きで、だからそれを生業にしたかった。けれど、どうにもこうにもそれで生きていけるほど世界は甘くないと高校卒業時に悟り、そして短大に通いながら一時は働きながらも道を模索し、そしてたどり着いた文化財修復士への道。やるならば大きな仕事がしたいと思い、その技術を学びに遥々イタリアへとやってきた、訳ですが。

言語も挨拶程度、大丈夫なのだろうか。
急に不安になってスケッチブックを抱き寄せた時に、目の前に人が立ったのがわかった。
逆光で顔はよく見えない、ただグレーかもっと薄い色の髪の毛が日差しに透けていた。
私が座っていた所為もあるだろうけと、見上げるような大男だった。









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