02/ 「見せろ」 何を言ったのだろう。理解はできなかった。 高圧的にものを言われたのはわかる。だって笑顔もないし、声のトーンは低いし、目付き鋭いし。 「あー、もう一回、言って?」 拙いイタリア語を駆使してその男を見た。目が、赤い? 「その絵を見せろ」 半ば取り上げるように私のスケッチブックに手を掛けた。もしかして、これはどこの国でも警戒しなくてはいけない物盗りの類いかしら! 「ちょっ!だめ!私の!」 「観光客か」 抵抗むなしくスケッチブックを取り上げられてしまった。パラパラとめくるも、描いたのはその一枚限りよ。 その仕草に物盗りではなくて、もしかして絵が見たかっただけ?なんて思ったりもした。 その内に「これがいけない」、一部分を指で示す。 大きな街路樹の下、人影。 わけもわからず首をかしげた。 何かいっているけれど、なんだろう。 「ここを消してくれ」 更に言っているけど、私の絵に文句があるのだろうか。別にどこに出すわけでもないのに! 「返してください」 頭の中でなんとかイタリア語に変換し発した。 「消せ」 「返して」 何の要求なの?! 何度かそのやり取りをしているうちに、目の前で信じられないことがおきた。 どこからか、数本のハサミが飛んできてスケッチブックを切り刻んでしまった! 「は、?」 「貴様が悪い」 見る見る小さくなるスケッチブック。 ハサミが勝手に出てきて、なんの手品かわからない内に切り刻まれてしまった。白い紙がハラハラと落ちていく。舞っていく。 「え、なんで、え」 訳もわからないまま、その紙片を追うように地面にへたりこんだ。かき集めてみる。こんもりと山ができた。 大きな男性はいつの間にか居なくなっていて、すべてが謎なまま放り出されてしまった。 何これ、洗礼!? アートな街で下手なアートは描くなという洗礼なの!? 山となった紙屑を見ながら、先程の手品に戸惑いながら、思った。というか、念じた。 戻れ戻れ。 元の姿に戻って。 悲しみとか怒りとかもあるけれど。 その前に、この国に、この街に来てワクワクしたその気持ちを取り戻したい。潰されてたまるか。 戻れ。 元に戻って。 じっとその山を見つめる。 額に汗が滲んできた。髪の毛も逆立つようだ。 全身に力を入れて、息をするのも忘れたように念じていると。 紙片がふるふると動き出した。 はじめは震えるよう動き、やがて紙片の中に生き物が潜むのがわかってくる。 その薄っぺらな隙間からモゾモゾと出てきた、ハリネズミくらいの大きさで、でも柔らかそうな毛並みがモフモフしている彼ら。多分顔なのだろうな、という所にはなんの素材かわからないけれど固そうな仮面をつけていて、その直ぐ下には大きな口が覗いている。まるで鮫のような大きな口にギザギザの歯を持つ異形の彼ら。数にして今日は5体くらいだろうか。 「やった!」 小さくガッツポーズ! 彼らが来てくれたら元に戻る! 手足は見えないけど這いずるように動き回り、もしゃもしゃと紙片を喰らい始めた。満腹になったのか動きを止めるものもいる。それらが徐々に集まって蠢いている。そして比較的大きな個体が紙片を喰らった仲間を喰らいはじめ、やがて1つの大きな個体となって残った。あぁ気味が悪いな。でも彼らにいつも助けられている。最後の1体が私の手元にすり寄ってきた。撫でてあげると元のモノを吐き出して、そしてしっぽのあたりから自身を喰らって消える。 その様子を汗をかきながら眺めた私は、スケッチブックが元に戻ったのを確認し力が抜けてしまった。 地面に置かれたスケッチブック、上面は私が描いたこの街の絵だ。 遠くに見えるドーム屋根の尖端。 アパートの窓には鉢植えが3つ。 大きな葉っぱの街路樹の下には恋人たち。 自分で描いた絵を見ながら、おや、と思った。 恋人たちと思いきや、もしかしてこの片方は女性ではないのだろうか。語弊があるな、男性同士でも恋人の可能性は十分にあるけれど。とにかく一方の髪型は肩にかかるようなセミロングだけれど、肩幅もといシルエットは男性のように描いてある。 「(こんなふうに描いたっけ?)」 首を傾げながらスケッチブックを手に取ろうとした時。 「へぇ〜、こりゃあ見事だ」 横から腕が伸びて、先に拾われてしまった。 「上手いモンだなぁ、アンタ、画家か?」 「‥返してください」 「怯えるなって。スゲーじゃねえの、これ」 スケッチブックをバンバンと叩いている男。やはり見上げてしまうな。彼は地面に座り込んだ私の腕を掴み、「いたいっ!」力任せに引き摺り起こした。 「なぁ。教えてくれよ」 「は?」 「どうやって元に戻したんだ?」 ニッと口角を上げた坊主頭の男性の目は笑っていなかった。 |