09/

交渉の際は視線を相手の目を見て、と頭ではわかっている。けれどずっと相対する事から逃げて曖昧に笑ってきた私には酷く恐ろしい事だ。
坊主頭のホルマジオさんの目は私を射抜く様によく見ていた。そして口元がニッとあがって、とても悪そうな顔をした。

暫くの沈黙の後、睫毛フサフサさんがハンッとわらった。わらった、というよりも小馬鹿にしたような見下したよう感じだ。

「交渉しようとした度胸は褒めてやる」

口角をあげながら「だが、上手い交渉ってのはメリットを主張しデメリットを隠すもんだ。テメェのはメリットもデメリットもねぇんだよ」、早口に言った。何を言っているのか、詳しくはわからなかったけど、たぶん否定的なことだろう。視線とか態度とか、察することはできる。

次の言葉がでなかった。交渉にもならないのだ。
自分の交渉力も話術も、ましてやスタンドの力なんて、そんなもの程度なのだと改めて実感させてくれた。
視線を落として震えていた手を見る。
もう握る力も残ってないみたい。

その時ホルマジオさんが言った。
「テメェのスタンドの面倒なんてみたくねえなぁ」

空を見ながら、少し意地悪そうに言う。

「しかし、能力ってのは使い方次第なんだよなぁ〜」

緊張感のない声がした。

「テメェがどんな力を使うか、どこまで出来るのか、単純に興味はある。が、めんどくせェ事は勘弁だ」
「ホルマジオ?」
「コイツは敵でも組織の人間でもねぇってのがわかった。あとはご自由にどうぞで構わねぇだろプロシュート」
「‥あぁ?」
「そうと決まりゃあ、よし、テメェの部屋に行くぞ」

ニヤニヤと楽しそうに笑ったかと思えば、私の腕を引っぱって部屋を出ようとする。

「ちょっ!ちょっと、待って!」
「待たねぇよ」
「どういうこと!?」
「どうもこうも、スパルタ教育してやるっつってんだ!」
「はぁぁ!?」

睫毛フサフサさんが大きく目を見開いていたのが見えた。勢いばかりで進む展開に私はもうついていけなかった。
部屋を引きずり出されて、裏路地を進み、町へでるまで、転ばずに進むことだけしか、考えられなかった。


**********

石畳の道を容赦なく進むホルマジオさんは痛いほどに腕を握っていて、アパートを出てからずっとその調子だったから、私はついに大きな声をあげてしまった。
「痛いです!」
「あんま騒ぐな、目立つぞォ」
「だったら!放してよ、私逃げない!」
そう言うと放してくれた。けどすぐに今度は手の平を握られた「これならいいだろ」。

男性と!
手を繋ぐなんて!

急に顔が熱くなる。こんな状況なのに!
照れてる場合でもないのに!
警戒しなくてはならないのに、なのに、なのにあの睫毛フサフサさんの視線から逃げ出せたことに安堵してしまった所為か、警戒していない自分がいる!

いや警戒していないどころか、胸がざわついて、呼吸が跳ね上がって、いやこれは走ったからなんだ。転ばないように、迷惑をかけないように、必死で走ったせいなんだ。

そう言い聞かせた。
いつもの癖だから言い訳は沢山できる。
でもその言い訳を並べて、後悔する道を選びたくはない。

でも!
これは吊り橋効果で、気の迷いであって、一時の混乱なんだ!

気がつくと、はちみつ色をしたアパートの前に佇んでいた。

「あ、あれ?アパート?」
「どの部屋だ?」
「え!?って、なんで知ってるの?」
「あの時アパートの住所、オレに見せたろォが。あんな事、二度とすんじゃあねぇぞ。強盗に入ってくれって言ってるようなモンだろォが」
「え、あ、‥はい」

なんだか。
ええと、なんだか、その外見と似つかわしくないが、ホルマジオさんは実は悪い人では、ないのではないか。つい、そんなことを思ってしまった。


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