遭遇 今度は食費の袋をキッチンの引き出しに隠して出発した。お財布は無くなってしまったからポーチにお金を突っ込んだ。 「地味に遠いのよね」 呟いて切符をかってネアポリスを目指す。車窓の風景はだんだんと変わっていくけれど、その日の晴天は揺るがなかった。 駅に降り立って、なんとなく歩いていく方向に外にテーブルを並べるバールがある。目に入ったのは女子学生がキャアキャアと群れているから。中心には金髪をきれいに編んだ男の子がいる。 「(男の子、だよね)」 つい、見てしまった。その編み込みの髪型が珍しかったのと、何人も女の子が居るからもてるんだろうな、という好奇心と。ちらり、くらいに留めておけば良かったんだ、と後から後悔するのはよくあるパターンなんだ。 「何?」 覗いた瞬間に目があってしまった。 プロシュートの言うようにひとの5倍気を張っていなきゃいけないのに「あっ、と、モテるなって」つい口から溢れてしまった。 「嫌味ですか」 「滅相もない!」 「人の事をじろじろ見て、失礼じゃないか」 彼は侍らしていた女の子達の中から抜け出てきて、まっすぐにこちらに向かってきた。 怒ってらっしゃる! 私ネアポリスと相性悪いのかしら、ろくなことないわね。愛想笑いしている内に女の子の1人が「おばさん、ホント失礼よ!」、なんて言ってて、あ、この子達にとったら私おばさんなのね!リゾットにおじさんって言ってるけどこんな気分だったのね、ごめんねリゾットもう言わないわ!そんなこと思っている間に金髪の男の子が詰め寄って来た「少し、話を」。 「は?」 「早く、向こうをむいて」 言われるがままターンをし、また駅の方に向いてしまった。後ろでは「ぼくはこの人と話をするから、君たち帰って」、女の子を散らしているのだろう声がした。 「あの!謝るから、その」 「歩いて」 「失礼して悪かったわよ!離して」 「いいから」 背中を押されて歩かされて。 背後の女の子たちの声が遠ざかったな、と思った時に押されていた手は離された。 「あの子達、しつこいんだ」 「は?」 「すみませんね、利用させてもらって。協力ありがとう」 そういって少年は片手を上げて去ろうとする。なんだかその光景が理不尽すぎて「ちょっと待って!」、つい声を荒げてしまった。 ゆっくりゆっくり、彼は振り返った。しっかりと相対すればその特徴的な前髪に目を奪われた。いけない、そうじゃあない。一度心の中で仕切り直し「意味わからないわ」、冷静を装った。 「ぼくはお礼を言いましたよね、ありがとうって。貴女を利用してしまったが、助かったからお礼をした」 「私は意味もわからずお礼を言われて、はいそうですか、なんて言えないわよ。ちゃんと説明してください」 なぜこの学生に敬語を使ってしまうのだろう。それにも苛つきながら対峙する。気圧されるような、威圧感から逃げないように。 彼はひとつ大きな溜め息をついてから口を開いた。 「2度も同じことを言わせないでください。無駄なことは嫌なんだ」 「説明は無駄じゃないでしょ」 「お礼は言ったじゃないか」 「そのお礼の意味がわからないわ」 「‥」 もう一度大きな溜め息を吐いた。私だって溜め息をつきたいけれど、幸せが逃げるから我慢しているのよ。 「では説明しますね。一度だけだからよく聞いてください。偶々あのバールで貴女と目があった。ぼくはいつもあの女の子たちに絡まれてうんざりしていたから、目があった貴女を利用して抜け出したんだ。だから見ず知らずの貴女を利用して悪かったよ、助かった、とお礼を言ったんじゃないか」 うんうん、と頷いた。 やっと意味がわかった。強制的に歩かされたことも利用してって言ったことも。 「これで終わりでいいね。チャオ」 一方的に伝えられ、彼は踵を返した。 終わりでいい、んだけど。 何か腑に落ちない。 でも私の脳はそんなにすばやく動いてくれはない。 うーん、と唸っている間に彼は数歩進んで「あ」、振り返った。 「最後に訂正するよ」 「は?」 「おばさんじゃなくて、まだおねえさんでいい」 「‥っ!?」 咄嗟に言葉が出なかった! 学生にからかわれるなんて! 慌てている内に彼はさっさと歩を進めてしまう。 言葉も掛けられないままその背中が遠ざかるのをみていた。緑の瞳が印象的だな、なんて思った。 |