アパルトでの話

「間抜けかテメー、ひったくりなんて合うかフツーよぉぉ!ちゃんとぶっ殺して来たんだろうなッ」
「こっ殺すわけないじゃない!間抜けでいいわよ!」
「間抜けなんてハナっからわかってんだよッ、そんでここの食費無くすなんて凍らせてやろォかッ!」
「うるっさいわね!食費なんて元から殆どないみたいなものよ!少ないんだから!」

「それくらいにしてくれ」

リゾットが私とギアッチョのやり取りを止めてくれた。ホルマジオに間に入られて「リゾットも地味に傷ついてんぞ」、笑いながら指差した。
リゾットが渡してくれる食費が少ないってつい言ってしまった、少しバツが悪いわ。けれどそのリゾットの肩をバンバン叩いてプロシュートは大笑いしていて部屋の中は賑やかだった。

「そんでその膝か」
しかめっ面のギアッチョに指さされた「きったねぇ膝」。
「転んだし、腰が抜けたし、見つかった時もしゃがみこんだし」
「テメー膝パットでも着けて生活しろよ。バレーボール選手みてぇな」
ハッと犬歯が見えるように口角をあげて笑い飛ばされた。

「とにかくだ」
笑い終えたプロシュートが「うちのチームの懐の話を今更したってしかたねぇ。カンパだ、出せテメェら」、良い声を響かせる。
私も出そうとバッグを開けたけれど、そうだった、一文無しだった。気付いた時にはプロシュートに頭を小突かれて、リゾットは緩く頭を振っていたわ。

まぁもとから少ないとは言え無くしてしまったものは悪いわよね。即席で集まった幾枚かのお札をありがたく頂戴してキッチンから出した新しいジッパー袋に入れた。

「ところでイチはどうやってネアポリスから帰ってきたんだ?」

リゾットがダイニングチェアからこちらを向いて話しかけてきた。

「親切にしてくれたひとがいたの。バッグも探してくれたし、スプレムータ奢ってくれたし、帰りの電車賃も貸してくれたし」
「奇特なヤツがいるんだな」
横から口を挟んできたギアッチョの言葉は無視することにして「フラフラ歩いてるだけかと思ったらバッグ見つけてくれて‥」、口をつぐんだ。リボルバーの銃をもっていた、けれど使わなかったから、いいか、とその話は終い込んだ。

「携帯はどうした」
「携帯はポケットに入れて置いたから無事だったわ!」
「だったらなんでそれで連絡しねエェんだよッ!携帯を携帯してんなら使え無能ッ!」
「無能って!ネアポリスでひったくりにあってどう携帯使うのよ!?」

「連絡したら飛んで迎えにいったぜぇ、ってね」

私の後ろから「チャオー」、声と共にメローネが現れた。ドアの音なんてしなかったのに!
「誰が迎えにいくかッ!そのひったくりぶち割るだけだッ」
「アハハ、ギアッチョ素直じゃないけど素直ー!」

メローネにからかわれてギアッチョは大きく舌打ちをした。そして事のあらましを聞いて素直にカンパに応じてジッパー袋はほんの少し厚みを増した。

「しかし、イチ、ひったくりに合うなんてそうとう田舎者に見えたのかい」
「田舎者に失礼よ。ちゃんと歩いてたわ」
「ちゃんとってのがわからねぇが、ネアポリスに何しに行ったの」
「美人さんに会いに行ったの。元気に大きくなってた!やっぱり美人は美人になるのね」
聞いてきたメローネはヘェとか、ふーん、とか、興味あるのかないのか分からない返事をしていた。 

向き直るとリゾットがとこめかみに手をあてがいながら、遠くを見ていた。どこを見て何を考えているんだろう、よくわからないな。
すると気が付いたのかこちらにスッと視線を向けた。そして小さく、私にだけ聞こえるように呟いた。

「連絡をしろ。ネアポリスだろうがどこだろうが迎えに行くから」


あぁ、ずるいな。
私の顔が赤くなってないといい。
自信がないから冷蔵庫にしまっておいた炭酸水をとりにいく振りをして顔を背けてしまったわ。

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