ミスタ

「へそ!」

その男性が壁から背中を放してこちらへと歩み寄ってきた。つい口から出てしまった見たままの言葉に口を塞いで見上げれば、その特徴的な帽子に黒目がちな大きな瞳が私を見ながら口角を上げ器用に笑っている。

「オレはミスタ。ブチャラティじゃなくてわりぃなぁ」

自然と片手を出す。その仕草に毒気を抜かれて私も片手を差し出した。

「名前は?」
「‥イチ、です」
「ここら辺の人じゃあねぇだろ。観光か?」

ううん、と頭を振って
「人に会いに来たのよ。あっ、人と猫ね。貰われた先の今の飼い主さんに会ってきたの」
「その帰りにひったくりに合ったのか」
今度は縦に頭を振った。

「災難だったなぁ。俺がいうのも何だが治安も良いとは言えねぇからよ。まぁなんだ。そんなに大金だったのか?」
「家の大切な食費よ。でもお金以上におばあさんにもらった住所が入っているの。その住所が悪用されでもしたら」

押し込み強盗とか詐欺とか、犯罪に巻き込んでしまったらどうしよう。思考がぐるぐる悪い方へ行ってしまったけれど、頭上からの「あー」とか間延びした声で引き戻された。

「そういうのはな、ケーサツに言うのが一番だぜ?」
「そんなのわかってるわよ!でもパネッテリアのおばさんが!」

親切に此処を教えてくれたんじゃない!
黒い瞳を見据えると、チラリとこちらを見てすぐに反らした。そしてガシガシと頭を掻いて「わかったわかった」。

「シンプルが一番だ。バッグのことはおばちゃんの顔を立てて捜してやる。ただ、その後は自分で何とかしろよ」
「は?」
「おばちゃんには昨日たらふく貰っちまったからな。うめーパーネを!」

「あっありが」、咄嗟にお礼の言葉がでた。でもその言葉は「ミスタ!」金髪の子によって遮られてしまった。

「勝手に約束するな!それにそんな煩わしいことに人手をさくな」
「なんだよ、いいじゃあねぇか」
「いいのはお前だけだ!ブチャラティに相談もしないで!」
「うるせぇなぁ。よし、わかった、オレの個人的なおばちゃんへのお礼にする。それでいいだろ」

詰め寄られたミスタは両手で彼を押し返すようにして、やっぱりヘラっと笑っていた。
頼りになるんだかならないんだかわからないわ。ブチャラティさんにも会えていないし、この場合はどうなのかしらね!
でもとりあえずミスタという人は協力してくれるようで助かった、善は急げよ!

「はやく探しにいきましょう!とにかく一刻もはやく!」

ミスタの横について急かしてみた。彼はすぐに言い争いをやめ、ブーツに向かってしゃがみこんだ。その片手には黒く光るリボルバーの銃が握り込まれた。
つい息をのんでしまった。

それでなんとなくわかったの。この人たちは困ったことを助けてくれる人じゃなくて、多分、武力的に解決する人たち。

「お、怖ぇか?」
「‥‥もちろんよ!」
「威張るな。イチが変な真似しねぇ限り当てねぇよ」

ハハハと笑って、帽子の中を探り弾を取り出した。そこに収納されているの!?呆気にとられながら見ていると、彼は手慣れた手つきで弾を込めながら「カバンはどんな形してるんだ?」。
「えっ、と、赤い小さめのバッグよ、肩から掛けるの」
身振り手振りで示してみた。
けれどミスタはどこか虚空を見つめながら小さく呟いている。

その姿、なんとなく、アパルトの皆にだぶって見えた。どこがとかじゃあなく、とらえどころのないその雰囲気よ。どうしてだぶって見えたのか、何がそうさせたのか全く分からないけれど「さぁ行くぜ」、その声で私はそのトラットリアを出た。




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