ここから

その日、普段は訪れない街にやってきた。
待ち合わせの公園は見渡す限り草原のようで、駅からバスを乗り継いでたどり着いた場所に少しばかり面食らってしまった。11時に待ち合わせ。木陰にあるベンチに腰を掛けて足をぶらつかせてすぐのことだった。

「こんにちは」
後ろからの声と、そしてにゃあ、と一鳴き。
反射で振り返ると、そこには穏やかに微笑む初老の婦人が居た。
「こんにちは!」
「久しぶりね、元気そうで何より」
白い髪が太陽光に透けて柔らかそう。「お久しぶりです!」、抱かれた腕には金色の瞳の黒猫が私を見ていた。

映写技師のおじさんが会ってみるかい、と連絡を取ってくれた美人さんの貰われ先。日にちを合わせて、場所を指定して。
手を伸ばせば自然と美人さんを渡してくれた。

「あは!重くなった!」

明らかに変わった体つきを実感出来る。ふっくらとして毛並みは艶々しているし、「最高の嫁ぎ先ね!」、ゴロゴロと喉をならして目を細めている。
こういう時、美人さんは何かを察したように静かに目を閉じて甘えたように膝に乗っている。頭のいい子ね!美人さんを撫でながら、おばあさんと2人、ベンチに並んで話始めた。

「私ね、この子が居なかったら今の生活をしていないの」
「拾ったのでしょう?」
「そうなの!この子を拾ったらアパルトを追い出されて、夜の街でどうしようかなって途方に暮れた
のよ!」

美人さんには色々話を聞いてもらったな。


「でもね、その事があったから、私の今の生活はあるの」
「この子との縁なのかしら」
「美人さんに結んでもらった縁かも!おばあさんとも話せるし、今の生活はすごく楽しい!」

美人さんの小さな額に顔を擦り付けると嫌がって少し暴れた。その仕草は以前と変わらずとてもかわいらしい。

ひだまりの中のベンチでしばらく話をして、そしてなんとなくお腹が空いて立ち上がった。
「今日はありがとう!これからもたまに会いに来ていいかしら?」
「もちろんよ」
おばあさんがさらさらと住所を書いた紙を渡してくれた。気品のある、素敵な仕草。それを受け取って「ありがとう!」、殊更明るく笑顔を返した。

草原の中の公園を後に、一歩踏み出した。
それと同時に鼻をすする。
あのままあの体温を抱いていたら離れられなくなってしまうわ。
「(美人さんは幸せになったんだ)」
口の中で唱えて、振り返って小さくなったおばあさんに手を振った。
目頭に溜まった水滴を拭った。


::::::::::


大分人通りが増えた場所に来た時。
あぁ喉が渇いた、何か飲もうかな、なんて時だった。
「あぁっ!えっ!?」
後ろからバイクの音がした、そう思った瞬間。

「ひっ!ひったくりー!?」

勢いにのまれてそのまま膝から崩れてしまった!手許にあった小さなバックはバイクにのる奴らに拐われていった!
えっ、食費の入ったビニール袋、あの中なんだけど!?おばあさんからもらった住所も、私のお財布も!
直ぐに立ち上がろうとしたけれど、腰が抜けて逆戻り、また地べたに座り込んでしまった。
おばあさんの住所悪用されたらどうしよう。美人さんとご夫婦で静かに暮らしているのよ!?
食費の入ったビニール袋もただでさえ少ししかないけど、あれがないと今月パスタに塩しかなくなっちゃう。

辺りがざわざわとしはじめ、近くにあるのだろうパネッテリアのおばさんがエプロン姿のまま私の肩を抱いてくれた。

「ひったくりだね、ひどい奴ら!」
「どっ、どうしよう!食費、おばあさんの住所!」
「とにかく落ち着いて」

支えられながら立ち上がって、背中を擦られて。

「なんとかなるかもしれないから」

おばさんの声に「えっ?」、顔をまじまじと見つめた。
「えっ、なんとかなるって、どうやって‥」
「ブチャラティさんの所へ行ってみようか」
「ブチャラティ、さん?」
おばさんはにっこりと笑って、私の背中を叩いた。



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