プロシュート → イチ

そうは言ったものの、とプロシュートは歩きながら思う。夜の帳がおりてきた。ヒタヒタと迫りくるそれはどうにも居心地がいい。
メローネから一粒貰った飴玉のせいかどうかわからないが、暇潰しに行こうと思っていた場所から足が遠のくのを感じていた。そうか、餌付けをされていたのか。少しだけ波が立った気持ちをやり過ごしながら、ポケットの中を探る。見つけた、いつものタバコ。
火をつけて深く息を吐いて、空を見上げる。白い煙が揺れている。まだ少しだけ西の空は赤い。

「(さて)」

何故波だったのか、わからなくはない。
自分のことを小走りになりながらも追いかけてきたバンビーナ。事情も説明せず追い出そうとした時の悲しみにくれる顔。残党を狩りきれずに手酷く痛めつけられた彼女を助け出した時、恐怖と痛みで目が開けられなかったイチが自分を見た時の安堵の眼。リゾットの横に立って本気で自分たちを受け入れたイチの笑い顔。こどものように変わる表情が思い出される。さすがだバンビーナ。

情でも湧いたか。

およそ似つかわしくない言葉に苛立ちを覚えもするが、直ぐに打ち消されるわけでもなく頭に残った。
感情なんて人の半分ほども無さそうなリゾットがバンビーナを欲したから。だから自分も受け入れたつもりだったが、まさかそんな感情が自分にもあったなんて。
口からタバコを放し、息を吐いた。煙が空に溶けていく。
あまり似合わない感情を持って歩くと勘が鈍る。とりあえず忘れる事にしてプロシュートは歩き始めた。そして、すぐに目についた、あの花屋。

年老いた夫婦が営む小さな花屋。派手さも流行も何も持たないが、ただ自分が利用し、その必要がある店だ。いつだったか、娘を持つ女性から突然に好意を打ち明けられたこともある。

「よう、じいさん」
「こんにちはプロシュートさん、今日はなんの御用で」
老夫婦が店仕舞いの支度をしていた。
「大した用事じゃあねぇんだが、そうだなその白い花をくれ」
目についた白の小ぶりな花を指差した。幾重にも重なる花びらで、小さいながらも目立っている。
「かごを作るんですか?それとも花束?」
老婦人に問われ、「いや」と首を振った「そのままでいい」。
そのまま、と老婦人は口の中で呟き、水入りのバケツに入っていたその花を数本無造作に掴んだ。そしてまとめてカサカサとなる紙に包んだ。
これを花束と称して女性に渡したら、喜ぶ女性はこの世界にいるのだろうか。
「わりぃな」
「コレくらいならいつでもどうぞ」
受け取って、遠退いていた方向へと歩みだす。すっかり空は暗くなっている。
その道すがら、ポケットに突っ込んでいた携帯電話が振動した。出してみれば最近では一番着信の多い相手からだった。

「兄貴、今日メシまだですか?」
「まだ食ってねぇよ」
「それなら、魚釣ったんで食います?結構釣れちまって」
「いいな、魚料理か。リゾットが捌くから、アジトでだな」
「これから30分もしねェで着きますから、それじゃ」

今日は釣りをしてきたのか。どんな魚があるのか、素直に楽しみになった。
石畳に響く自分の足音が小気味良く、焦るわけでもないのに足の回転が早くなる。魚にあうワインでも持っていこう、白の辛口がいい。そのままマーケットに足が向いた。
そのワインコーナー、いつもの銘柄を手に取った。どんな魚を釣ったのかわからないが、煮ても焼いても旨いだろう。一本手に取り会計に向かう時、その並びにある甘口に目が行った。
甘いのは好きではない。
けれど甘いのが好きなのも、あのアパートには、居る。辛いのは嫌だ、とよく割って飲んでいる。
つい手にとってしまった。しょうがねぇなぁ、誰かの口癖が頭を過った時だった。

「チャオー」

背中の方から声が聞こえた。振り返るとジェラートがいる。いつもセットの二人なのに、今日は相方がいない。
「チャオ、ソルベは?」
「先にリゾットんとこ。オレは買い物」
ヒヒヒと笑いながらカゴを見せる。大量の食材に菓子が入っていた。ほぼ9割コイツが食うんだろうな。ソルベ大変だな。ただ、今日に限ってはナイスタイミングだ。

「ペッシが釣りしてきたってよ。これから魚もって行くっつう連絡がきた」
「マジか!何釣って来たんだろ、あ、だから白のワインか!」
更に「で?その花は?」、なんて、なんの躊躇もなく聞いてくる。それがコイツの良いところだ。
「気まぐれにもらってきた」 
「花もらってくるなんて、おまえキザだなぁ」 
自分の持つものを指差しながらケラケラ笑うジェラートに、ついつられてしまった。そんな時だった。
「楽しそうね!」

商品の陳列棚の影から姿が見えた。馴染みのある、バンビーナの声。よいしょ、とカゴに大量の食材を入れて立っていた。ずいぶんと買い込んでいるな。

「二人して何笑ってたの?」
「チャオ、イチ。いや、偶然会ってな」
「これからアパートに行くぜ。もう買い物終わるか?」
「うん、もう終わる!」

そうか、とバンビーナの手からカゴを取り上げた。そのカゴにワインを2本突っ込んで会計に向かう。後ろからありがとう!重かったの!と明るく届いた。
その代わり、と言っちゃあなんだが。

「プロシュート、何コレ?」
「気まぐれにもらって来た」
「私にくれるの?」
「手が空いてんだろ」
「ありがとう!かわいいお花ね!」
「やること、ほんっとキザだよなぁ」

ジェラートののんびりした声に何かバンビーナが返していたが、そこまでは聞こえなかった。さて、この、重い荷物をアパートまで一人で持って帰らせるつもりなのか、もう少し可愛がってやれよ。
笑いを噛み殺しながらレジへと向かった。

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