ギアッチョ → イチ

「プロント!」
眼鏡を掛けていなかったから、耳に響く声で誰かを認識した。イチだ。
「あのね、今日ペッシがたくさん魚を持ってきてくれたのよ」
嬉しそうな声色が耳に届く。
「晩御飯、どう?」
暗い室内。眼鏡をおく場所は決まっているから手を伸ばせば指先に触れる。
「今、何時だ」
「20時少し前」
「半過ぎくらいには行く」
携帯電話を切って、ぼやける視界を眼鏡で正した。
あぁ随分寝てたな、腹へったな。顔を洗って服を着替えてほぼ空に近い冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して。車のキーと携帯と財布と。ポケットに入れてドアを開けた。どうやら気分がいいらしい。

すっかり夜になった街を抜ける。途中フザけた運転をする車をクラクションと急ハンドルで追い越して、アクセルを強く踏みこんだ。車を運転する事は好きだ。気分の上がる音楽を聞きながらストレスなく走る。
収入が少ないことが最大の問題だか、職場はいい。自分の能力を制約なく活かせるし、周りのメンバーにも恵まれている。最近ではアジトに行けば旨い飯も食える。居着いたと思っていた猫が居なくなってしまい、構う相手が居なくなったのは惜しい点ではあるが元々居なかったのだから仕方がない。
それに居着いたのは猫だけではない。目障りで仕方なかったアレ。はじめて会った時にうるさいと向かってきたアレ。気がつけばアパートに入り込んでいた。

大通りを抜けて裏路地へ入り込めば、目当てのアパートの目の前、特等席が空いているので迷わず車を停めた。玄関を開けるとキッチンの近くにいたペッシと目があった。相変わらずどこかおどけてやがる。
「ご馳走になりに来たぜ」
「料理をしてくれてるのはリーダーとソルベっすよ」
既に下処理を終えたらしいリーダーが「旨そうだぞ」。
近くにあった白のワインが入ったグラスをもらうと随分と甘いものだった。こんなに甘いのを飲むのはこのアパートには二人だろう。その1人を見た。自分で釣ってきた魚を眺めている。

「あ、ギアッチョこんばんは!」

赤い顔で笑うもう一人の挨拶を聞いてソファに腰を掛けた。プロシュートに噛みつき、あしらわれていたようだ。理由はわからないが多分プロシュートの方が理に適っているだろう。つい目で追ってしまう。気に入っていた猫の代わりだ、強く思うようにしているけれど。
テーブルの上には小魚の揚げ物があった。
「これ、なんの魚だ?」
「イワシじゃね?」
もう皿の角にしかないないそれを大半を食べたであろうジェラートが「カルシウムたっぷりだぜ」、ヒヒヒと笑いながら言った。口に放りこんで頷いて「うまいな」、甘くない酒を探してプロシュートの前にあった瓶を取る。その時に
「あった!私が使ってたグラス!」
イチがグラスを手に取った。せっかく注いだそれを持っていかれそうになったので「グラスなんてどれでもいいだろ」、面倒なヤツだな、言えば。

「入っていたでしょ、美味しいの!」
「スゲー甘かった」
「え、飲んじゃったの?」

そう言ってグラスを持ち上げたけれど、少しだけ眉を寄せてから、中身の違いに興味を無くしたのか置いて戻った。マリネや香草で味付けした魚料理が出された。確かにどれも旨い。

「つぅかよォ、昨日のヤツらよー」
「あぁ、面倒くせぇヤツらだったな」
「人数がいたのか?」
「全部で6人か」
「まぁ辛くはなかったがな」

明け方にソルベにジェラートと終わらせた話、それから下らねぇ話をしていると、それを視界の端にいたイチは聞いてか聞かずか、ダイニングチェアで違うグラスを持っていた。そんな時間を過ごすのは嫌いではないようで誰と話す訳でもないけれど、穏やかに笑っている。何故か目で追ってしまうんだ。舌打ちをして誤魔化したけれど。
その内に「チャオー!」、メローネが賑やかに入ってきた。ヤツも呼ばれたクチだろう。不気味なほどにこやかに笑いながらイチを後ろから羽交い締めにしてふざけている。その後ろにはイルーゾォもいる。なんだ、全員集合かよ。口の端を上げて皮肉に笑い飛ばせば、隣にいたプロシュートがグラスを傾けて話し出した。

「リゾットがな、魚を捌くのが楽しいっつったらな」
「あぁ?」
「イチは切り刻むのが楽しいと思ったらしくて」
「ハッ!どこの変態だ」
「またどっかの映画でも見て頭ん中汚染されてんのか、暗殺者イコール猟奇的な感じなのかもな」

なんだそりゃ、言い掛けてやめた。
そのイチはメローネから脱け出してキッチンの奥、どこからか出した白い花をコップに活けて、どお、キレイでしょ!なんて笑っていた。つい、その様子を眺めていたら
「チャオ、ギアッチョ!何見てんの?」

相変わらずのメローネが遠慮もなくソファに割り込んできた。押し返しても無理やりに入ってくるコイツは、それの反応を楽しんでいるんだ。

「メローネ、テメェは猟奇的か?」
「はぁ?なんだよいきなり」
「オレはテメェは変態だと思ってるが、猟奇的とは思ってねぇ」
「それ誉めてる?貶してる?」

隣で大笑いするプロシュートを目の端に留めながらメローネをみた。「とりあえずグラッツェ」、やっぱりコイツは笑っていた。

「ギアッチョは、自分のことどう思ってんの?」
「オレ?」
「オレもギアッチョのこと猟奇的とは思ってないぜ?」
「グラッツェ。マトモだとも思ってねぇだろ」
「ギアッチョ、かわいい!」

抱きついてきたメローネに舌打ちをして「うざってぇな!」、押し退けた。それでも気にせずメローネは「イチ!」、呼んで手招きをしている。その屈託のなさが羨ましい時もあれば癇に障る時もあるんだ。

「何?」
「オレたちってどうみえる?」
「は!?どうって?」
近くにあったスツールを引き寄せてきた。
「暗殺者のイメージだよ」
さらり、と言う。
「それ、は」
やはり言い淀んだイチをメローネは顔を覗きこんで離さない。だんだんと苛立ってきた。

何故、こんなヤツに振り回されているんだろう。
早く見切ればいいのに。
あの猫のように、貰われていったのに。

不意に見えた腕捲りをした右腕には青黒い痣が残っていた。
見つけたから、その腕を持ち上げた。
「わっ!」
「ありゃ、まだ痣がひどいね」
メローネも顔を近づけて見ている。
細い、白い腕。すぐ折れるだろう。強く握りしめてみた。
「ちょっ!痛い痛い!痛いギアッチョ!」
ギリギリと音が立つように捻り上げれば「離して!」、簡単に喚きやがる。
「痛いってば!」
一際大きな声で言ったから手を離してやった。
下ろせば、少し涙ぐんだような目で睨んでいた。

「一丁前に睨むのか」
「何よ、急に!」
「ハッ!痛ぇならさっさと逃げろよ!」
「はぁ?やったのギアッチョじゃない!!」
「オレだからなんだッ!オレたちは人をぶっ殺すのが仕事だぞッ」
「でも、ギアッチョが酷いことすると思わないもの!」
「オレだろうが誰だろうが、危険と思えば逃げろッ!」

怯まず睨み続けるその目は好きだ。
だから、言ってやる。

「次も助かるとは限らねぇぞ」

イチの目が大きく見開いたのがわかった。

その見開いた瞳をそのままに、きゅっと口を結んだ。

運とかタイミングとかそういう要因は勿論あるけれど、側に居れば、とか、自分の部屋に閉じ込めておけば、とかと考えずにはいられない。タラレバは好きではないが後悔とは違う気持ちの行き先が、その考えを消してくれない。

「簡単に死ぬんじゃねぇぞ」

ヘラッと笑ったら殴ってやろうかと思ったが、その真剣な瞳のまま頷いたから、その柔らかい髪をぐしゃぐしゃにしてやった。
ケガなどさせたくない。
居なくならないでほしい。


「ギアッチョ優しーい」

メローネが笑いながら言うから「ぶち殺すぞッ」、制してソファに座り直した。
グラスをもってプロシュートの前にある瓶からワインを注いで口に運ぼうとしたが。

「それ、頂戴」
「‥甘い方がいいんじゃねぇか」
「今は、ギアッチョと同じのが飲みたいのよ」

手から手へ、グラスを渡した。
一口傾けて一瞬顔を顰めたが、すぐに真顔に戻った。

「ありがとう」

直ぐにグラスは返ってきた。
まだ残るワインを飲み下した。

あぁ、イチのことが好きなんだ。

その気持ちを一緒に飲み下した。



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