メローネが思うこと

マトモだとも思ってねぇだろ、その三白眼を向けて犬歯を見せた。
マトモなヤツなんてこのアパートの中、どこにいる。


珍しい番号からの電話でアジトにやって来れば、ほぼフルメンバーが揃っていた。純粋に魚が好きかと言われると然程なものだが、その通話口の声が子どものように甘えた声だったから快く行くことを決めた。

「いいかいイチ、さっきみたいに手首あたりを掴まれたらまず近づいてごらん」
「なぜ?」
「腕をピンと伸ばすと腕には力が入らない。だから肘をおる。近づくんだ」
「でも危険じゃない?」
「近づいた状態で腕をほどく。握っていても360度同じ圧がかかるわけじゃあないだろ?親指と残り4本の境目から捻って自分の腕を取り出す感じだ。」

イチの腕を掴んでみた。やはりというか、イチは警戒心を強く見せて一定距離を取ろうと固まってしまった。だから、ではないがメローネは自ら踏み込んでいく。

「こうして近づけば、肘を折っているだろ?この方が力をちゃんと使えるんだ」

護身術と言えるほど大したものでない知識だが、これで善からぬ輩がやって来ても逃げられるかもしれない。善からぬ輩、なんてこんな近くにゴロゴロいるんだから。

「ありがとうメローネ」
「ん?」
「右手の方の実演はありがとう。でもこの背中の手はいらないんじゃない?」

近づいたので、せっかくだからと背中に手を回して擦ってみる。ほら、ギアッチョが良い目で見ているのにイチは全く気づいてない。

知ってて知らないフリをしている小狡い女とは言いきれないんだ。それが惜しいところで、そんな女であればいつでも母体に使えるストックに出来るし、相棒が好意を寄せる事もリーダーが置きたがる事も無かっただろう。
ズカズカと暗殺チームのアジトに上がり込んできて、気が付いたら笑顔を振り撒いて生活をしていた。知らないならまだしも、大怪我をして、暗殺チームのアジトだということを理解した上でも笑顔で暮らしている。とてもマトモだとは思えない。
 
「あの、メローネ」
「なんだい」
「もう離れてよ」

押し退けるように胸を押し返すが、本気ではないそんな力で動くわけもない。本気で嫌がったらこちらも本気で押し倒すのに、何度思ったか。イチはいつでも自分を嘘つき呼ばわりする。別に嘘をついている気はないけども、明け透けな気持ちたちを目の前にして本音がさらけ出せるほど子どもでもないんだよ。だったらのらりくらりと楽しむのが一番だ。

「そういえば」
「ん?」
「リップクリーム、あれは?」

今日の昼間もらった紙袋の中にリップクリームとハンドクリームがセットで入っていた。老舗薬局の洒落たパッケージをなんとなく覚えていた。

「メローネ、いつも唇舐めるから乾いてるのかなって」

視線を合わさずにまだ本気でない力で逃げようとしているから、「グラッツェ!」、今度はそれなりの力を入れて抱きしめた。もがくイチが面白い。だからすこし意地悪をしよう。
「王子様のキスに気がついていた?」
「え?なんて?」
「だからリップクリームくれたんだろ?」
「は?」
「ケガから目覚めた時のさ」

あぁ、段々と表情が変わっていく。
口を半開きで、眉をあげて、目を見開いて。
その間の抜けた表情がベネなんだ!

「‥えっと、メローネ、まさか」

信じられないって顔してる。
でも次の瞬間に大きな声が響いた。

「いい加減にしやがれッ!」

怒号とともに脳天に衝撃が走る。
言わずもがなギアッチョが自分たちを引き剥がすように肩を引いた。
「いってぇえー」
「痛い!」
自分より低い位置のイチが頭を押さえているから一緒に成敗されたのだろう。片方だけやらないところがギアッチョらしくて好きだ。
頭を押さえる自分より低い位置のイチの顔を見て、つい笑ってしまった。

「メローネ、嘘よね」
「なんで嘘だと思うんだい?」
「わかんないけど、でも、絶対嘘よ!」

イチがオレの腕を掴んでくるから、先程教えた通り軽く捻るとすぐ自由になった。焦ったその表情、ベネだ。

「手首の取り出しかたは本当だよ」

笑って小首を傾げておいた。



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